1月6日 新年は退職代行業が大忙しだそうです

雖無作可耳(無作といえども可なるのみ)

新しい年の初めなので、今年はこんなことするぞー、といろいろ抱負はあると思いますが、何もしなくても、いや、しない方がいいこともあるようなんです。

出る竹は伐られるカモ。

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明初、江西・廬陵のひと李禎、字・昌祺は、永楽二年(1404)の進士、官僚としては河南の布政使(州ごとに置かれた三司使の一つで、行政を掌る(あとの二使は軍事と司法))となり、果断な干害対策などで名を成した人ですが、正統四年(1439)致仕、景泰三年(1452)に亡くなりました。

為人耿介廉潔、自始仕至帰老、始終一致。人頗以不得柄用惜之。

彼が自分の画像に入れた賛があります。

貌雖醜而心厳、身雖進而意止。忠孝禀乎父師、学問存乎操履。不労朋友賛詞、自有帝王恩旨。

これを読むと、

蓋亦有為之言也。

そういう人物なのですが、彼が亡くなった景泰年間(1450~56)に、韓雍というひとが

以故老進列先賢祠中、禎独不得与。

以嘗作剪灯余話。

みなさんは江戸怪談「牡丹灯篭」※などの原作となった瞿佑の「剪灯新話」はご存じかと思いますが、これを真似た続作中で最も優れた作品といわれるのが李禎の「剪灯余話」です。「新話」同様、日本に輸入されてベストセラーになっています。いま、国立公文書館の内閣文庫にも所蔵されるという。

※は、わたしたちが主役なのよ。おほほほほほ・・・・・

こんなおどろおどろしい怪異小説を書いているやつは、宮中に祀るわけにはいかん、ということだったようです。

禎他為詩文尚多、其余話誠謬、而所謂至正妓人行、亦太襲前人。雖無作可耳。

「至正」は元末の年号(1341~70)、「妓人行」は妓女たちについてうたった「うた」。「吉原細見」みたいなエッチで退廃したものだったのでしょう。

余計なことをしてはいけませんね。

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明・葉盛「水東日記」巻十四より。余計なことをして怒られたりしないようにしましょう。雑談を「風通しがいい」と言ってくれる職場ならいいですけどね。

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