12月29日(日) ・・・ もう一年が終わるが、それでも調査だ。来年からは観タマが抑制される予定なので、調査ノルマがきつくなるはずだ。
〇岳南鉄道 ・・・ 田子の浦の吉原駅(以前は鈴川駅)から出発。

田子の浦から富士山を見つつ、吉原駅へ行く。富士には工場がよく似合います。

硬券だ。有名な開運ダルマ電車には乗れませんでしたが、謹賀新年号に乗れました。
〇江尾 ・・・ 執着の江尾で降ります。飯綱神社へ。このへんの神社は、すべて、日本武尊東征時に参拝された、源頼朝が富士川合戦の際に陣地にしたか参拝した、頼朝が何かくれた、という共通した歴史があるようです。

富士山に向かって根方街道から登って行って、おそらく昔は集落の最高点であったろう場所に、神社があります。沖縄のウタキとつくりは同じさー。
〇浅間古墳 ・・・ 四世紀の前方後方墳。80メートルというでかさ。麓からよく見えたはずで、スルガの首長の墳墓であろうという。

昇ったところが後方部になります。

前方部横の周溝あとから後方部を望む。
本来、今日の目的は、この東駿河最大の前方後方墳を調査することだったので、以下目標を見失い、すごい距離歩く羽目に。
〇金毘羅古墳 ・・・ 六世紀の円墳。全体に葺石あり。麓からよく見えたはず。須津川西岸の首長墳という。

みかん収穫中の畑の真ん中にありました。
〇湧水公園 ・・・ 行基菩薩がお開きになったという。

行基菩薩の社会運動が律令政権にとっては「きけん」だったのかも。
〇大坂上古墳 ・・・ 七世紀初頭ごろの円墳。横穴石室あり。

富士吉田工業高校の敷地内のようです。なお、岳南はカミオカンデで物理の研究をしていた戸塚洋次先生(生きていたら梶田先生と一緒に受賞したと言われる)の出身地とのことで、「ノーベル賞の椅子」というのがありました。
〇竹採屋布(たけとりやしき)、かぐや姫生誕地滝川神社(浅間下方五社)・・・ よしながという村ですが、もと駿河浮島に富士側から張り出した「岬」であったため「御崎神社」があります。

根方街道から北、富士方面に向かう道です。左手の林が御崎神社。

江戸時代はこうなっていたようです。実際歩いてみると距離感と坂道が明らかになります。
〇東海道吉原宿 ・・・ 商店街になってます。

明日は富士女子駅伝だそうだ。
とにかくすごく歩いた。ちょっと異常である。

くたくたである。
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