安其清夢(その清夢に安んぜん)(「秋水軒尺牘」)
寒いし、早く寝ないといけません。

クリスマスまではまだ日があるから、二三日寝て待つでメー。寝てる間に桃太郎が悪いグーグルなどをやっつけてくれるかも。リーダーのおかげで楽できるでメー。
・・・・・・・・・・・・・・・
唐・薛逢の「長安夜雨」の詩にいう、
滞雨通宵又徹明、百憂如草雨中生。
滞雨通宵してまた徹明、百憂は草の如く雨中に生ず。
降り続ける雨は夜になっても止まず、朝まで降り続いている。
もろもろの憂いごとは、この雨の中に芽吹く草のように、とどまることなく生まれて来る・・・。
と。
近日心情正復爾爾。
近日の心情、まさにまた爾爾(じじ)たり。
最近のわたしの気持ちは、まさにまたこのとおり、このとおりである。
そんなところに、
得手書、以弟東帰有阻、若為称快。
手書を得、弟の東帰に阻有るを以て、称快を為すがごとし、と。
あなたからのお手紙をいただきました。
「弟(のようなわたし、手紙の差出人が謙遜して言っている)が東にある郷里に帰ろうとしたが、うまくいかないことがあって身動きがつかないでいることについて、貴兄は大よろこびでおられるとのことですが・・・。」
と書いてある。
とんでもないことだ。
豈知裴航仙度、自有藍橋。
あに知らんや、裴航の仙度は、藍橋に有るよりするを。
あなたはご存じないのか、唐の裴航が仙人になれたのは、この陝西・藍州の町にある藍橋に来たからだということを。
「何言ってんだ、このひと」と思うと思いますが、これは宋・李昉編「太平広記」の「裴航上仙」のお話のことです。
・・・唐のころ、貴公子・裴航はこの藍橋のところまで来て、咽喉が乾いたので、織屋ではたを織っていた老婆に、一杯の水を求めた。すると、老婆は娘の雲英を呼んで、一杯の液体を与えたが、これが玉漿という仙界の液体であった。
裴航は雲英の美しいのに驚き、老婆に対して「娘さんを嫁にくだされ」と頼むが、老婆は、「玉の杵と臼を結納品に持って来られるなら嫁にやろう」と言いやがったのだ!
裴航は努力してこれを得て、再び藍橋にやってきて老婆に会うと、
嫗曰、有此信士。吾豈惜一女哉。遂妻之。
嫗曰く、この信士有り。吾あに一女を惜しまんや、と。遂にこれを妻わす。
ばばあは言いやがったのだ、「約束を守る信用あるおとこだね! あたしは娘の一人ぐらい惜しくはないんだよ」と。そして、娘と夫婦にさせたのである。
この玉の杵と臼は老婆の持つ霊薬を搗いて丸薬にするのに必要だった。この丸薬を得て、
後夫婦倶為上仙。
後、夫婦ともに上仙を為せり。
後に、夫婦そろって仙人として昇天した。
のだ。
―――なぜ裴航だけうまくやれるのだ、不公平だ、怪しからん! おれだって、おれだって・・・
と思うかも知れませんが、この藍州の町にいれば、あなたも仙人になれるかも知れませんよ。だから、あなたのために喜んでいるのである。
それにまた、
足下泛舟、言旋、固不致望洋而歎。
足下舟を泛べて「旋らん」と言うも、もとより望洋して歎ずるを致さざらん。
あなたさまが舟を浮かべて山東(の郷里)に「行こう」と言ったとしても、(「荘子」秋水篇にいうような)東の大洋を眺めて(これ以上は行けないのか、と)歎くつもりはないのでしょう。
所慮大呼小喚、応接不暇。転不若客窗一枕、得以安其清夢耳。
慮るところは大は呼び小は喚き、応接に暇あらざらん。転(うた)た、客窗の一枕ありて、その清夢に安んずるを得るに若かざるのみ。
思うに、(郷里に帰ると、)でかいやつが呼びかけきたり、小っぽけなやつが喚き叫んだりして、それらへの対応でヒマもなくなるのではないでしょうか。そんなことなら、旅館の窓の下に枕一つを置いて、安眠してさわやかな夢を見ている方が、どんなにかよろしいでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
清・許葭村「秋水軒尺牘」より「戯胡商嬴帰里」(胡商嬴の里に帰るに戯むる)。「尺牘」(せきとく)は「お手紙」です。「秋水軒尺牘」は名文の誉れ高い秋水軒主人・許葭村のお手紙のいいところだけを集めた文集。
今年は一般的な勤め人の方は土日からはじまって土日に終わる九連休になるのだそうですが、年末年始ののぞみ号は指定席しかないし、治安も悪化しているし、一人当たりGDPも二十二位まで来たし、どこかに行くのはめんどくさいよ、ということを言っている、とも考えられます。
コメントを残す