以書画為介(書画を以て介と為す)(「語林」)
岡本全勝さんの本も手土産として喜ばれてる、と言われてる向きもあるそうですよ。

芸術は、手土産だー! という意義もあると思います。(「金屏風事件」など)
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元末の文人・楊鉄崖は紹興山陰のひと、泰定年間(1324~28)に進士となるが官を辞め、
避地松江。
地を松江に避く。
浙江の松江の地に避難して暮らしていた。
そのころ、
有一貴游子既破産、流落海上。数踵先生門。
一貴游子の既に破産して、海上に流落せる有り。しばしば先生の門に踵す。
もとは名門の子弟であったが、財産を失い、浙江あたりに落ちぶれてきている青年がいて、何度も鉄崖先生の家に顔を出していた。
一日、竟持先生所購倪雲林画去。
一日、竟(つい)に先生の購うところの倪雲林の画を持ちて去れり。
ある日、とうとう、先生が買ってきた倪雲林(げい・うんりん)の絵を持って逃げて行ってしまった。
倪雲林は名・瓉、蘇州無錫のひと、生涯仕官することなく、元末の内乱期を放浪に過ごした文人で、元末四大家の一に挙げられる画師。特にその山水画は絶妙とされる。
楊鉄崖とほぼ同時代の有名人です。
左右欲発之、先生曰、吾哀其困、使往見一達官、以書画為介耳。非盗也。
左右これを発せんと欲す。先生曰く、「吾その困ずるを哀れみて、往きて一達官に見(あ)うに、書画を以て介と為さしむるのみ。盗めるに非ず」と。
まわりの者は訴え出るべきだと騒いだが、鉄崖先生は言った、
「わしは、彼が困窮しているのがどうにも可哀そうで、北京かどこかに行ってえらい人のところに面会して助けてもらうよう勧めた。その際に、書画でも持って行って手土産にさせただけじゃ。あいつが盗んだわけではない」
昔のひとが、
其務掩人過、如此。
その人の過ちを掩うに務むること、かくの如し。
他人の過ちを隠そうと努力すること、このようであったのだ。
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明・何良俊「何氏語林」巻三(徳行第一下)より。楊鉄崖先生は、纏足した女性の靴下を漬けたお酒を喜んで飲んでいたという有名な「好事家」ですが、他人の過ちは隠そうとしてくれたのである。わたしの過ちも隠して欲しいものだ。ばれていないとは思うのですが、いろいろ恥ずかしいことが。あわわ。
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