百齢正言(百齢正言す)(「郎潜紀聞」)
いいこと言うではありませんか。

海賊くんゲームのような健全な娯楽でひまつぶしをしていただきたいものである。
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清の名臣・文敏公百齢が山東の巡撫として赴任したときのこと、
有監司、太守均好樗蒲之戯。
監司、太守に均しく樗蒲(ちょぼ)の戯を好む有り。
「樗蒲」(ちょぼ)は「賭け事の一種」というのですが、古代には丁半博打みたいな単純なものだったようですが、だんだんいろんな方法で行われるようになった、とされます。ここではカードゲームや賭けマージャン(麻雀も当時はカード)みたいな高レベルのものをイメージしておきたいと思います。
監察官にも県の知事にも、賭けマージャンなどを楽しむ者が多くいた。
公聞而責之。
公、聞きてこれを責む。
文敏公はこれを聞いて、追求した。
問責を受けた監察官が言った、
此不過消遣耳。
これ、消遣(しょうけん)に過ぎざるのみ。
「消遣」は「ひまつぶし」です。
「暇つぶしにやっているだけです。(勤務時間にやっているわけではありません)」
すると、
公正色曰、君等非無事者、蓋即以公案簿書消遣乎。
公、色を正して曰く、「君らは事無き者にあらず、なんぞ即ち公案簿書を以て消遣せざるか」と。
文敏公は、顔つきを変えて言った、
「君たちは、やることが無いわけがないだろう。どうして、すぐに裁判事件の取り調べ書や行政決裁書を読んで暇つぶしをしないのか!」
と。
これを聞いた者、
語塞。
語、塞がれり。
それ以上、何も言い訳できなかった。
而山東官場博奕讌会之風、為之一変。
而して山東の官場の博奕・讌会の風、これがために一変せり。
そして、山東の官界における賭け事や宴会漬けの風習は、この言葉で一変したのであった。
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清・陳康祺「郎潜紀聞」四筆巻一より。コロナ以降、宴会減って、心身ともに良好です。今年は復活の動きもあるらしいので、百齢さまにもがつんと言ってもらわねばなりません。でも、わたしはあと今年は一回だけだし、もともと友だちいないから、もうすぐ無に。空集合になります。
なお、文敏公・百齢は漢人八旗の出身(張百齢、字・子頤、菊渓と号す)、乾隆三十七年(1772)の進士、嘉慶年間に山東巡撫、両広総督、両江総督として文武に活躍、また四庫全書の編纂にも関わった。
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