官不尽力(官、力を尽くさず)(「清通鑑」)
どんな方向に力を尽くすか、がほんとは重要です。

ダイコクの打ち出の小づちで収穫量尽きない。打ち出の小づちとは、赤字国債のことであろうか。
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清の咸豊三年(1853)一月、太平天国軍が江蘇江寧(南京)を包囲した。
この時、南京の最高位者は戸部尚書・祁宿藻であった。
南京城は周囲九十余里(約60キロ)、これに対して八旗兵、緑営兵合わせて守兵五千余人、
城大兵疲于奔命。
城大にして兵は奔命に疲る。
城はでかいのだが、兵士は少ないので、あちらこちらからの攻撃に対応せねばならず、疲労がたまっていた。
守城の実務者である武官の祥厚、文官の陸建瀛は、援軍を依頼する連絡文を各方面に送ったが、江南の総督・向栄、皇族に連なる琦善、一軍を率いる陳金綬らは、
奉厳旨趣援、固皆不及至。
厳旨を奉じて援に趣くも、もとよりみな至るに及ばず。
厳しい皇帝の指示によって救援に向かっては来ていたが、どの一隊も援軍にはなっていなかった。
二月一日、
祁宿藻憂憤嘔血。
祁宿藻、憂憤して血を嘔いた。
祁宿藻は、国家の将来への心配と憤りから、血を吐いた。
「先生、しっかりしてください」
助け起こそうとする廩生(りんせい。官費を得ている書生)の張爾庚に向かって、祁宿藻は言った、
官不尽力、兵不用命、富者吝財、貧者吝力。城雖大、不可保也。
官は力を尽くさず、兵は命を用いず、富者は財を吝(しわ)み、貧者は力を吝む。城大といえども保つべからず。
役人はやれることをやろうとしない。
軍人は命を捧げようとしない。
富める者は貨財をけちる。
貧しい者は働いてくれない。
これでは、どれだけ城がでかくても、守り切ることができるはずがないではないか。
これが遺言で、そのまま、
死于城囲中。
城囲中に死せり。
包囲された城の中で死んでしまった。
南京が落ちたのは、その九日後、二月十日である。
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「清通鑑」巻210・咸豊三年章より。祁宿藻の壮大なグチが案外いいこと言っているので、引用してみました。ほんとにそうですよね。官が力を尽くさない、のはまだしも、富者が資財を使おうとせず、貧者が働こうとしない、方が問題かも知れません。
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