見其不動(その動かざるを見る)(「蛍窗異草」)
「黄紙」はもちろん普通の黄色い紙ですが、「こうし」だと天子の詔勅をいい(六朝期以降キハダを混ぜた紙を使ったからだという。キハダを混ぜると害虫がつかないらしいんです)、「きがみ」だと江戸時代の代官から老中への上申書(黄色い付箋をつけた)のことです。表紙に着けたら「黄表紙」に?

おれは、実は害虫を食べる益虫の一面もあるんでソリ。
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清の中頃、河北の薊郡に石橋があって、
伝言下有毒物。行旅相戒、莫敢休息。
伝えて言うに、下に毒物有り、と。行旅相戒めて、敢えて休息する莫(な)し。
その橋の下には毒を持った怪物がいる、と言い伝えられていた。旅人たちも互いにそのことを教え合って、その場で休息を取ろうとする者はいなかった。
ところが、ある日、
有販生椒者、駆二蹇衛駄椒遠来。
生椒を販する者有りて、二蹇を駆りて、駄椒を衛(まも)りて遠く来たれり。
山椒の実を売る行商人が、二頭の足をひきずるロバに、山椒を入れた荷物を載せて、遠くからやってきた。
遠くから来た行商人だったので、その橋の危険なことを知らなかったのである。
ちょうど旧暦四月の終りで、暑さに苦しみ、
小憩於橋梁。卸其椒籠置諸石欄、驢亦散齕於草際、披襟偃息、倦極熟眠。
橋梁に小憩す。その椒籠を卸(おろ)してこれを石欄に置き、驢もまた散じて草際に齕(か)ましめ、襟を披きて偃息し、倦むこと極まりて熟眠せり。
橋のたもとで一休みすることにした。ロバの背中から山椒の籠(蓋は無いようです)を下ろしてやって、これを欄干に寄せ掛け、ロバは放して勝手に草を食べさせた。自分は襟を広げて横になっているうちに、疲れがひどくてたちまち熟睡してしまった。
むにゃむにゃ。これはいい気持ちです。ところが、
夢中似有風声、疑有人攘其椒。
夢中に風声有るがごとく、疑うに人のその椒を攘する有るかと。
「攘」(じょう)は、「攘夷」のように「払う、取り去る」にも使いますが、「盗む」の意味もあります。
夢の中で、風が吹くような「シュッ、シュッ」という音が聞こえた。
(もしかしたら、誰かが山椒を盗もうとしているのかも知れない・・・)
と思ったのですが、あまりに疲れていたのですぐには起きられず、
良久始寤起視之、椒故依然。有巨物懸於欄側、状如琵琶、灰青色。
やや久しくして始めて寤め、起きてこれを視るに、椒は故より依然たり。巨物の、状は琵琶の如く、灰青色なるものの欄側に懸かる有り。
しばらくしてやっと覚めて、起き上がって荷物を見たが、山椒の籠はそのままになっている。だが、その向こう側の石の欄干に、なにやら琵琶やギターのような形をした、青黒いものが引っかかっているのだ。
「なんだ?」
と目を擦ってみると、
乃一蠍也。
すなわち一蠍なり。
それは、巨大なサソリであった。
「うひゃあ!」
大駭欲奔、既而見其不動。近之諦観、則已為椒麻斃矣。
大いに駭(おどろ)きて奔らんとせしに、既にしてその動かざるを見る。これに近づきて諦観するに、すなわち已に椒のために麻斃せり。
大いにびっくりして逃げ出そうとした――が、しばらくしてもそれは動かない。そっと近づいてよくよく見ると、山椒に痺れて死んでしまっていた。
どうやら、荷物を漁ろうとして蓋の無い籠の中に入って(この時に風のような音がしたのだ)、山椒のぴりぴりした刺激で体中が麻痺してしまったのだ。すぐに起きていたら完全には麻痺せずに暴れていたかも知れないのだが、起きるまでに時間がかかったので死んでしまったのであろう。(ほんとにそんな効果があるのか、と思うかも知れません。自分で山椒の実を浴槽に入れて、そこに全裸で入って試してみては如何でしょうか。電気風呂みたいにぴりぴりして気持ちいいかも)
其人異之、帰併其椒、以一驢載蠍而行、首尾皆払地焉。
その人これを異とし、その椒を帰併して、一驢を以て蠍を載せて行くに、首尾みな地を払えり。
その人、実に不思議な怪物だと思って、山椒の籠を一つにしてしまい(一頭のロバに載せ)、もう一頭のロバにこのサソリの死骸を(横たわらせて)載せて運んでみたところ、サソリの頭が地面をこすると同時に、尾の先も地面をこすった。それほど巨大だったのである。
怪物が退治されたのを知った町の人々が、その後ろからぞろぞろとつき従い、まるで凱旋将軍のようであったという。
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清・浩歌子「蛍窗異草」より。よかった。毒を持った巨悪は退治されたのです・・・というように、偶然うまく行くこともあるので、まさかと思うかも知れませんが、もしかしたら今、世の中はいい方向に行っているのかも知れないではありませんか。確率はかなり低いとは思いますが。
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