11月12日 職場で蛇が出たら試してみます

久益馴擾(久しくして益ます馴擾す)(「分甘余話」)

人間は裏切りますが、ドウブツは如何であろうか。

おれたちヘビは恩義に応えるでにょろん

・・・・・・・・・・・・・・・

今は清の康煕年間ですが、むかしの高僧に、

水鳥樹林皆為説法。

というコトバがあります。これは本当であろうか。

少し前、北京の新城地区に真武廟という道教の祠があって、

老道士趙雲山戒行清苦。

この人が、

毎誦経、輒有一蛇跧伏其旁。

久益馴擾。雲山没、蛇亦去不見。

「擾」(じょう)は普通は「乱す」という意味ですが、「揉」(じゅう)と通じて「馴れる、仲良くする」という意味にもなります。

もっと以前には、北京の某寺には、お経を唱えるとクモが巣を張り始めるので有名な蜘蛛塔というのがあった。また、

安陸之念仏鳥、靖州之聴経鵞、皆昭灼在人耳目者。

以是推之、露柱瓦礫皆可知也。

・・・・・・・・・・・・・・・

清・王士禎「分甘余話」巻二より。それぞれの事例の地域がだいぶん離れているので、著者が自分で実際に見たものではない、と思われますが、しかし人びとの耳や目にはっきり焼き付いているのですから、本当のことばかりなのでしょう。柱やガレキまではどうかと思うのですが、柱やガレキもお経を唱えたら黙って聴いているでしょうから、推定できるかも。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す