11月8日 単なる偶然だと言い切れるだろうか

願葬魚腹(魚腹に葬らんことを願う)(「清朝野史大観」)

こちらがいつも腹いっぱいにさせていただいてるんですから、時々は魚にも満腹してもらわねばいかん。あははは。

食えるもんなら食ってみギョ!

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明の時代のことですが、江西・豊城県の丞であった陸溥という人が、

嘗督運夜過采石。

突然、どすん、と一回船が揺れ、それからゆっくりと傾きはじめた。

水夫が大声で叫んだ。

舟漏。

采石浦の複雑な岩場を過ぎる間に、船底が岩礁を引っかけたようだ。

「浸水箇所を探せッ」

と水夫らが騒いでいる間にも、船はどんどん傾く。

船頭が陸溥の船室にやってきた。
「だんな、船が危ねえ。もしもの時は、帆柱を倒しますから、それに摑まって朝まで耐えてくだせえ」

救命具など無い時代である。水に慣れていない役人など、船が沈んだらひとたまりもない。

陸溥は言った、
「この船には人民の収めてくれた大事な納税物が載っているからね。沈ませるわけにはいかないな」
「しかし・・・」

陸溥は、おそらく船と一緒に沈むつもりなのだろう、落ち着き払って、

跪祝、曰、舟中一銭非法、願葬魚腹。

すると、ギョギョ!

忽止。

危ういバランスを取りながら、なんとか船は采石浦を通り過ぎることができた。

翌朝、南京の船着き場に近づいたところで、水夫たちと一緒に船底を確認すると、

水荇裏三魚塞其罅。

水夫たちは称賛して言った、

為盛徳之祐。

「あははは」

この陸溥の子は、やがて

築堂、名三魚。

陸溥の曽孫に当たるのが、清・康煕年間の名儒・陸稼書先生である。先生の著書を「三魚堂文集」と呼ぶのは、先生がこの先祖代々の三魚堂の主人だったからである。

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民国・小横香室主人「清朝野史大観」巻五より。よかったですね。今日は昼、魚を食おうと出かけた店が満員で待ち時間が長いというので、別の洋食屋に行ってブタ生姜焼きを食べてきました。魚にはいいやつに見えたかも。もう陸揚げされてるからダメか。

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