非尋常物(尋常の物にあらず)(「述異記」)
肉眼で確認するのは難しいらしいので、がっかりです。というより、それぐらいの明るさでは「天変地異じゃ!」とおろかなわれら人民が騒ぐ必要のない尋常のものなので、見なければならないということもありますまい。

百人一首なんかで平和ボケしていると絶滅してしまうぞ!
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清の時代のことですが、江南旌徳県の東郷の山中で、
有虎患数年矣。虎至数十、傷人逾千。
虎患有ること数年なり。虎数十に至り、人を傷つくること千を逾ゆ。
トラの害が長い間続いていた。トラは数十頭おり、死傷した人間はもう千人を超えていた。
県の役人が命令を下して、猟師を集めて虎狩りをしてみたが、一頭のトラも獲ないうちに何人かが食われてしまった。それで、山を焼いて追い出そうとしたが、火の回りを避けて逃げるので、結局はげ山が出来ただけで何の効果も無かった。
康煕四十二年(1703)、
東郷王客往江西貿易、偶遇張姓父子二人。張姓自言我能捕虎。
東郷の王客、江西に貿易に往き、たまたま張姓父子二人と遇う。張姓自ら「我、よく虎を捕らう」と言えり。
東郷の王という商人が江西に商売に往った際、たまたま張という姓の親子と会った。張(のおそらく親父の方)は、「わしらなら、そのトラを捕まえることができると思うが」と言った。
「ほんまでっか?」
王は商売の原資をすべて差し出して前請け金にし、二人を東郷の村に招いた。
其人至山環視、即知有幾十幾虎。
その人、山に至りて環視し、即ち幾十幾虎有るやを知る。
二人は、山中に入ってひととおり見て歩き、トラが何十何頭いるか、詳細まで調べた。
調べ終えると、表を作って、そこに予想されるトラの大きさや年齢、トラ同士の血縁関係などを推測して書き込んで行った。
また、
於有虎山径設窩弓。
虎有るの山において、径に窩弓を設く。
トラの出現する山中の通り道に、わなの弓を設定した。
「窩」(か)は「穴」ですが、穴に物を隠すことから、「隠れ場」「(ものを)隠す」という意味にも用いられます。したがって、窩弓は「隠し弓」です。
実際に二人が働いたのはこれだけで、この後、二人は広めの部屋を借りて、そこに籠った。何をしているのかと訊くと、
焚符行牒、摂召当境土神、昼夜作法。
符を焚き牒を行い、当境の土神を摂召して昼夜作法す。
「おふだを焼き、道教の命令書を実行して、それぞれの地を管理する土地の神さまを呼び出して、昼も夜もいろんな術をかけているのだ」
というのである。ほんとかな。
其室中亦設窩弓。
その室中にまた窩弓を設く。
その部屋の中には、山中に置いたのと同じ型の隠し弓が多数置かれていた。
これがどういうふうにしてか、山中の同型の隠し弓とつながっているらしい。
室中窩弓機発、則知山中窩弓必中一虎。
室中の窩弓の機発すれば、山中の窩弓必ず一虎に中る。
部屋の中の隠し弓の「ばね」が弾けると、山中の隠し弓も必ず発射されていて、トラに当たっている、という仕組みなのだ。
部屋の弓がは弾けると、張父子は村の人たちとその弓と同じ型の弓を見に行って、近くにトラの死骸があることを確認した。村人らが貴重な皮を剥いでいる間に、張父子は一覧表から該当する番号を削除していくのである。
初得一虎、白質黒章、重四百斤。余虎皆極大、非尋常物也。
初めて一虎を得るに、白質黒章、重さ四百斤なり。余の虎みな極大にして尋常物にあらず。
最初の仕留めたトラは、白地に黒い縞模様で、240キロの重さがあった(一斤≒600グラム)。その後のトラはすべてもっとでかくて、ふつうのトラではないと思われるほどであった。
如此月余、已得七八虎矣。
かくの如くして月余、すでに七八虎を得たり。
このようにして一か月余りで、七~八頭のトラを斃した。
「これで、この筋とこの筋のトラは子トラだけだな」「この親トラをやりましたから、この筋ももう大人しくしていましょう」
親子は何やらぶつぶつと相談していたが、ある日、
「もう我々がこの部屋で祈る必要はないでしょう。隠し弓はしばらく仕掛けたままにしておきますから、仕掛け場所を知らない村人は山に入らないようにしてくだされ」
と言って、ひきあげて行った。
久之、余虎漸遯、不敢復出。
これを久しくして、余虎ようやく遯(に)げ、敢えてまた出でず。
しばらくすると、他のトラはだんだんと別の山に移動して行ったみたいで、もうトラは出なくなった。
そこで、
官民醵金厚贈遣之。
官民醵金して厚くこれに贈遣せり。
人民だけでなく手を焼いていた県のお役人らもおカネを出し合って、張父子に厚く報酬を払った。
ということである・・・と、
旌邑劉子礼言。
旌邑の劉子礼言えり。
旌邑の劉子礼が言っていた。
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清・東軒主人「述異記」巻下より。地元の人の証言があるのですから、信憑性に問題はありません。しかも西暦1702年という年次まではっきりしています。
それにしても、張家の世襲なのでしょうが、トラの行動の先を読んでいくすばらしい技術です。頭がいいといえるでしょう。だが、今となってはトラは保護動物ですから、チャイナには彼らの世襲の技術を生かす場所はなくなってしまいました。 北海道でクマを? 今日の高裁判決見たら協力してもらえないと思いますよ。
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