風雅之厄(風雅の厄なり)(「香祖筆記」)
昨日は「俗語典」はタメになる、と言ってみたんですが、知識人から早くも反論が。知識人といって、現代のリベラル派知識人から反論とかあるような大手ブログではないので、むかしの東洋のどうしようもな知識人ですが。

知識人がお怒りに?ではしばらく寝てやり過ごそう。それにしても四月~五月ごろはシアワセだったなあ。夏があんなに暑くなるとはなあ。まあでもこのまま南海トラフと台湾有事が無ければいいか・・・。
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悪詩相伝、流為里諺、此真風雅之厄也。
悪詩相伝して流して里諺と為るは、これ真に風雅の厄なり。
確かにひどい詩なんですが、これが伝わっているうちに、誰の作かわからなくなって、田舎の「ことわざ」になってしまうのは、まことにその詩や文章にとって、わざわいであるといえよう。
「風雅」は、もともと①「詩経」の中の「国風」(各国の民謡)と「大雅・小雅」(周王朝の儀式歌)とを指すのですが、六朝の「文選」のころには②「詩や文章」の意味になっていました。我が国では「風雅な人物」など③「みやびやかでのどかな」という意味がありますが、チャイナでそういうイメージを示す言葉としてはあまり使われてないように思います。
例えばこんな「里諺」(いなかのことわざ)があります。
(イ)乱世奴欺主、時衰鬼弄人。
乱世には奴が主を欺き、時衰えれば鬼が人を弄ぶ。
使用人が主人を騙すなど乱れた世になったものじゃ、幽霊が生きている人間を脅すとか、ひどい時代ですなあ。
田舎のちょっと物のわかったようなじじいが言いそうなことだ。怪しからん。
(ロ)今朝有酒今朝酔、明日愁来明日当。
今朝酒有れば今朝酔わん、明日愁い来れば明日当たらん。
今この時に酒があるなら今この時に酔ってしまおう、明日心配ごとが起こるなら明日考えようじゃないか。
無責任すーだら田舎者が達観したような顔をして言ってるのじゃ。怪しからん。
(ハ)但知行好事、莫要問前程。
ただ好事を行わんことを知るのみ、前程を問うを要(もと)むるなかれ。
やりたいことをやればいいのさ、将来のことを考えようなんてしちゃだめだ。
自堕落な若者の言葉のようだ。怪しからん。「悩んだら、やってみる」みたいな意味ならまあいいか。あんまりこじつけてると怒られますからね。
(ニ)閉門不管庭前月、分付梅花自主張。
門を閉ざすも管せず庭前の月、梅花に分付して自ずから主張す。
門を閉ざしても庭さきから月の光は関係無く入り込み、梅の花ごとにひっついて勝手にその主人になっているようだ。
これはヤバイでしょう。若いムスメに言い寄ろうとする若い衆の振る舞いを喩えている「諺」です。怪しからん。なお、「主張」は言いたいことを言う、ではなく、「荘子」以来、「主宰する」「自分が切り盛りする」という意味です。
すべて怪しからん!と思いましたが、これらは、もとは、(イ)は唐・杜旬鶴が時代を嘆いた一節、(ロ)は同じく唐・羅隠の自由な境涯をうたった句、(ハ)は五代の名宰相、次々と王朝が交代する乱世に、安定した内政を心掛けた馮道の信念を吐露した句、(ニ)に至っては、
南宋陳随隠自述其先人蔵一驚句、為真西山劉漫塘所賞撃者也。
南宋の陳随隠自らその先人一驚句を蔵すと述べ、為に真西山・劉漫塘の賞撃するところのものなり。
南宋の陳随隠先生が、自分の死んだおやじがずっとしまいこんでいたびっくりするような一句だと言って紹介したもので、(朱子学でいう「理一分殊」(世界の根本原理はただ一つで、それが多くの存在に分化している。学問の目的はそれを体認することにあるのだ!)という哲学的命題を詩の形にしたものとして、)当時の大学者である真西山や劉漫塘らが激賞した作品なのである。
こんなすばらしいものが田舎者の言葉になるとすべて根性の曲がったような解釈になってしまうとは、怪しからん。
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清・王士禎「香祖筆記」より。清の大文豪、「一代の正宗」(清代を通じて最も正統的な詩人)といわれた漁洋山人・王士禎さまからの反論でした。心して聞かねばなりませんね。うっしっし。
さて、みなさんは原作者(リベラル知識人)の気持ちと田舎者(一般国民)の言葉(里諺)になった後の意味と、どちらが味わい深いと思いますか。案外「里諺」の方がかみしめればかみしめるほど味がじわじわ出て来るような気もしてきます。(ニ)なんかそうですよね。今日も豆腐食った。かみしめる前に砕けて飲み込んでしまいました。
ちなみに「スーダラ」は梵語の「修多羅」が語源で、スートラ(経典)を束ねておく紐のことをいい、それが外れて経典が散らばっている状態が「すだらない」(さらに俗語に転じて「だらしない」)と言うのを、植木等が僧侶だった父から教えられて、「だらしない」の意味で「スーダラダッタ」と口癖(まさに「里諺」ですね)にしていたのを歌詞にしたのだ、と聴く・・・が、本当か。確かに「ダッタ」も梵語っぽいぞ。

愛知県江南市の「サングラス大仏」だ。

四月のノルマ出張の際にお参りして来ました。正確には「布袋大仏」(布袋は地名)。踏切の信号と重なって上のようなかっこいい写真が撮れるので有名でしたが、現在踏切が工事中でもう撮れないみたいでした。
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