不戢自焚(戢(おさ)めざれば自焚す)(「草木子」)
いよいよイラクとイスラエルがなんやらするとか。あわわわ。明日の朝にはどうなってるかな。

竹ヤリではダメじゃよ。
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元の至正九年(1349)の出来事だそうですが、
張思斉出師、二百人為一屯、野宿。
張思斉出師し、二百人一屯を為して野宿せり。
張思斉が反乱鎮圧のために出兵した。その途上、二百人づつでひとまとまりになって、露営した。
その際、
刀鎗各作一攅挿地。
刀鎗、おのおの一攅を作して地に挿す。
刀と鎗は、それぞれ一つずつ地面に穴を掘って、そこに挿しこんでおいた。
すると、
夜半、鎗忽自然火甚熾、須臾煨尽、惟金刃存。
夜半、鎗たちまち自ずから然火して甚だ熾(さかん)となり、須臾にして煨尽するも、ただ金刃は存す。
真夜中ごろ、鎗から自然発火して燃え始め、あっという前に燃え尽きてしまった。ただ、金属の刃の部分だけが残った。
刃の部分が残ったので、木材を手に入れて刀や鎗としては使えたと思いますが、
其後兵果散敗。是不戢自焚之応矣。
その後、兵果たして散敗す。これ戢(おさ)めざれば自焚せるの応ならん。
「戢」(しゅう、おさめる)については、「詩経」周頌「時邁」(時に邁(ゆ)く)に言う、
明昭有周、式序在位、載戢干戈、載櫜弓矢、我求懿徳、肆于時夏、允王保之。
明昭の有周、式序位に在り、すなわち干戈を戢(おさ)め、すなわち弓矢を櫜(おさ)め、我は懿徳を求め、時夏に肆(つら)ぬ。まことに王これを保たん。
周王朝の祖霊祭の時のうた(「頌」)ですから、当時のかなり仰々しい言い回しをしているようです。わしのような後世のしもじもにわかるはずない・・・のですが、朱晦庵先生のお力(「詩集伝」)を借りて、がんばって意味を取ってみます。
明らかに昭らかなる周王国、諸侯たちも序列どおりに並んでいる。
いまこそ盾と戈(防具と武器)を収め、弓と矢を入れ物に入れ(て戦を止め)よう。
わたしは善き徳を求めて、それをこの中華の地に広げたい。
―――ほんとうに王さまはこの平和を保たれるであろう。
「時に邁く」というのは、周の王さまが四方の国ぐにを十二年かけて一回りする「巡狩」を行った(←これが「(しかるべき)時に行く」の意)、その最後の儀式の時の頌歌(ほめうた)だ、という説もございます。
この「干戈(盾と戈)を戢める」で使われておりますように、きちんと容器に入れてしまっておくこと、をいいます。「不戢」はそのようにきちんとはしまってなかったこと、です。
その後、いくさはぼろ負けした。この「兵器をきちんとしまっておかなかったので発火した」という事象は、ぼろ負けの予兆だったのだ。
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元・葉子奇「草木子」巻三上「克謹篇」より。兵器はきちんとしまっておかないといけません。自然に発火することがあるのですから。
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