則四寸耳(すなわち四寸のみ)(「荀子」)
ほんとに最近忘れっぽいので、すぐに人に言っておかないと。

価値観がどのように変わろうともおれたちは存在しているぜ。(コロポックルとキジムナーは妖怪ではありません。精霊です)
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戦国の時代、たいへん人気のあった荀子(荀卿、孫卿)の教えをちょっと読んでみたので、忘れないうちに言います。
君子之学也、入乎耳、箸于心、布乎四体、形乎動静。
君子の学や、耳に入りて心に箸(ちゃく)し、四体に布(し)き、動静に形(あらわ)る。
君子の学問というのは、耳から(教えられて)入ってきて、心に残って定着し、手足に広がっていき、からだの動きに現れるものだ。
端而言、蠕而動、一可以為法則。
端にして言い、蠕にして動く、一に以て法則と為すべし。
ささやくように言ったこと、(虫がうごめくように)少しだけ体を動かしたこと、すべては学んで規則とすべきことなのだ。
端言はふつうは「正しいコトバ」のことですが、ここではそれだと当たり前のことになってしまうので、「端っこ」の方の意味で訳してみました。(杉本達夫訳を参考にしました)
これに対して、
小人之学也、入乎耳、出乎口。口耳之間則四寸耳。曷足以美七尺之躯哉。
小人の学や、耳に入りて口を出づ。口耳の間はすなわち四寸のみ。なんぞ以て七尺の躯を美(かざ)るに足らんや。
下らんやつの学問は、耳から入ってきたら、すぐに口から出ていくものだ。口と耳の間は10センチちょっとしかない。(君子の学問は耳→心→手足→体の動きに現れるものだが、口と耳の間だけの学問が)どうして160センチの体全身を美しく飾ることができるだろうか。
「論語」(憲問篇)にもいうとおり、
古之学者為己、今之学者為人。君子之学也以美其身、小人之学也以為禽犢。
「古えの学者は己のためにし、今の学者は人のためにす」なり。君子の学や以てその身を美(かざ)り、小人の学や以て禽犢と為す。
「むかしのひとは、自分がよくなるために学んだのである。今のひとは誰かに認められようとして学んでいる」のだ。君子の学問は(自分を善くし、それによって行動も美しくなるので)自分の身を飾るものだが、下らんやつの学問は(聞いたことをすぐに人に伝え、自分を)鳥や子牛、つまり動物レベルにしてしまうのだ。
故不問而告、謂之傲。問一而告二、謂之囋。傲非也、囋非也、君子如嚮矣。
故に、問わずして告ぐる、これを傲(ごう)と謂う。一を問うに二を告ぐ、これを囋(さつ)と謂う。傲は非なり、囋は非なり、君子は嚮(ひびき)の如きのみ。
「傲」は「えらそう」「しゃべりすぎ」、「囋」は「おせっかい」「おべんちゃら」、「嚮」はここでは「響」と同義。
つまり、(下らんやつは)訊いてもいないことを教えてくれる。これは「しゃべりすぎ」というのだ。一つのことを訊いたら二つも教えてくれる。これは「おせっかい」というのだ。しゃべりすぎはダメだ。おせっかいもダメだ。君子は問われたことにだけ的確に答えるものだ。
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「荀子」歓学篇より。「荀子」はいまいち「たとえ」がおもしろく無いんです。それは、荀子は戦国の時代の大人気学者で、売り込みに力を費やす必要がなかったから、だろうと思います。もっとおもしろい「たとえ」探そうっと。
この時代には、人間は生まれつきすべてが定まっているわけではなく教育によって善になる、下剋上は当たり前のこと、新しい時代には新しい「礼」と「義」が必要、という荀子の教えは、まさに戦国の為政者たち(とその周辺の知識人たち)が必要としていた社会理論でした。だが、統一王朝ができると、下剋上はあかんやろ、「礼」や「義」はむかしから定まっているはずやろ、人間性は善でその完成形が聖人であり、皇帝さまだろう、それなのになんと荀子は人間性が悪だというのだ、ひどいこと言うなあ、と総攻撃しはじめます。そしてあっという間に「忘れられた思想家」に。
その手のひらの返し方は、学問の本質や知識人の言論とはつねにそんなものだ、と知らないで見るとびっくりしてしまうぐらい。現代のみなさんはみんなご存じでしょうけど。
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