9月23日 涼しくなりました。冬の準備しないと

迢迢新秋夕(迢迢(ちょうちょう)たり新秋の夕べ)(「陶淵明全集」)

お彼岸中日過ぎて、やっと涼しくなってきました。来週また暑くなる、という予報もあるようですが、大丈夫です。がんばりましょう。

実りの秋じゃ。とりあえずは、食べて応援、しかないか。

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南朝宋の義煕四年(408)、地方官を辞めて郷里に帰ってきたわしであったが、真夏の六月(旧暦)、火事にあって林の中にあった家が焼けてしまったんじゃ。

一宅無遺宇、舫舟蔭門前。

夏が過ぎて、やっと秋がやってきました。

迢迢新秋夕、亭亭月将円。

「迢」は「遥」と同じで、遠い、はるか。ここは秋の夜が長くなってきたことをいうらしい。「亭」は一定の区間ごとに建てられた宿所をいうことから、高くそびえる、遠く離れている、などの意味になります。ここでは月のことを言っているので、「はるかに高い」ということでしょう。

果菜始復生、驚鳥尚未還。

とはいえ、火災の被害からは大分立ち直ってきました。

中宵佇遥念、一盼周九天。

「盼」(はん)は目の白いところと黒いところがはっきりしていること、が原義ですが、ここでは目を見張ってひとまわり見る、ということでしょう。

いろんなことを考える―――

総髪抱孤介、奄出四十年。

その間も、

貞剛自有質、玉石乃非堅。

そういう気持ちが変わらないので、世間と折り合うことができずに、ついに帰郷してきたのだ。

仰想東戸時、余糧宿中田、鼓腹無所思、朝起暮帰眠。

田畑を九つに分けて、八戸の農家が耕します。まわりの八つの区域は、各農家が自分で耕して、その収穫物は自家で用いる。真ん中の一画は八戸で協力して耕して、ここの収穫物を税金としてみんなのシアワセのために使う―――というのが、古代の理想的な税制とされる「井田法」(九つに分けると「井」になる)です。東戸侯の領地では、政府が税金を使わないので、真ん中の田んぼの収穫がどんどんたまっていったというのである。

しかしながら、

既已不遇玆、且遂灌我園。

ツラい仕事をしなければなりません。だが、宮仕えをしていたときよりはよいなあ。

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南朝・陶淵明「戊申歳六月中遇火」(戊申歳の六月中に火に遇えり)より。やっと立ち直って、暑い日々が過ぎて、涼しくなってきました。復興中にまた大雨降ってくるとがっかりです・・・が、がんばりましょう。

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