僅得一二人(わずかに一二人を得るのみ)(「袁中郎尺牘」)
すごい人はもっといる・・・かも。いないか。確かにあんまりいたら困ります。

三匹?何匹いても全部食っちゃうから最後はゼロ匹だぜ。というか、なぜ「三頭のこぶた」ではないのか。
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明の萬暦年間、安徽・公安から袁宏道(字・中郎)が試験を受けに、北京に出てまいりました。兄貴の袁宗道は既に上京していたらしい。北京から弟の中道らがいる国元に手紙を送ります。
天下奇人聚京師者、児已得遍観。
天下の奇人の京師に聚まる者、児すでに遍観するを得たり。
天下のすごいやつらで、都・北京に来ているやつは、おいら、すでにあまねく観察することができたぜ。
たいていのやつは、おれたちの仲間にはなれそうもない。
大約趨利者如沙、趨名者如礫。
大約、利に趨る者は沙(さ)の如く、名に趨る者は礫(れき)の如し。
そのうち、だいたい、経済的利益を求めているやつらが砂粒のようにおり、名誉を求めているやつらが小石のようにいる。
趨性命者如夜光明月、千百人中僅得一二人。一二人中僅得一二分而已矣。
性命に趨る者は夜光の明月の如く、千百人中わずかに一二人を得るのみ。一二人中わずかに一二分を得るのみなり。
人間として大切な本性や天命を求めている(おれたちの仲間というべき)やつらは夜中に輝く明月のような貴重な存在で、千人から百人の中で一二人しかいない。一二人に換算すれば、一人の人間の1~2パーセントに過ぎないのだ。
「分」は100分の一、1パーセントなので、1000人に一人だと一桁合いません、100人に一人ぐらいの時は合いますね。東洋の知識人のことですから、そこらへんはあんまり分からないのでしょう。
三哥頗為同儕所推許、近日学問益覚長進。
三哥すこぶる同儕の推許するところとなり、近日学問ますます長進を覚ゆ。
三にいさん(一族の同世代男子中、第三番目である宗道兄さん)は、仲間たちの間ではずいぶん称賛されており、最近は学問もますます進んでおられます。
昨梅中丞邀請数次。因塞上苦寒、尚未及行。梅、真好漢也。児恨不識其人。
昨、梅中丞、邀請すること数次なり。塞上苦寒に因り、なおいまだ行くに及ばず。梅は真に好漢なり。児のその人を識らざるを恨めり。
このところ、中丞の梅さん(同郷人の出世頭)から(兄弟で)来訪するよう何度も要請を受けています。しかし、(梅の赴任先である)居庸関の方への旅は苦しく、また寒いと聞いているので、まだ行くことができていません。梅さんはほんとうにいいおとこだぜ。おいらはその人と面識が無いので、残念です。
面識はないようです。
三哥識有余而胆気未充、正是多会人広参求之時。想故郷一片地、横是麟鳳塞満。真不必令其在家也。
三哥は識余り有りて胆気いまだ充たず、まさこれ多く人に会い広く参求するの時なり。故郷一片の地を想うも、横にはこれ麟鳳塞満す。真に必ずしもその家に在らしめざるなり。
三にいさんは、どうも知識はいっぱいだが、キモがまだまだ充実しきっていないから、今こそできるだけ多くの人に会い、広く面会先を求めるべきときだろう、と言っている。そちらの小さな町のことを想像してみる。横柄にキリンや鳳凰のようなすごいやつらが満ち溢れていた。彼らも、まことに実家にいるような時ではないのかも知れない。(弟よ、おまえもだ。)
という状況です。おいらたちは。
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明・袁宏道「袁中郎尺牘」より「家報」(家への報告)。千百人に一二人ならあんまり影響無さそうなので、勝手にやっててもらえればいいかも。それより地方に人材いなくなると困りますね。
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