9月11日 同じ所をぐるぐる回るのも芸の内

団団如磨驢(団団として磨驢の如し)(「東坡詩集」)

何年経っても進みません。

ぐるぐる回ると楽しいという考え方もあるよ!

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北宋のころのことですが、

伯父送先人下第帰蜀詩云、人稀野店休安枕、路入霊関穏跨驢。

作者の親父(死んだ親父のことを「先人」といいます)を蘇洵(そ・じゅん)と言います。その兄貴(すなわち作者の伯父貴)を蘇渙(そ・かん。同じサンズイ偏がつきますね)といい、この伯父は進士の試験に合格していた。

蜀=四川省はいろいろ特徴のある地方なので、その出身者はその地をずいぶん大切に思っていた。九州出身のひとが関門海峡を抜けると、突然饒舌になった、というのと一脈通ずるところがございましょう。

安節将去為誦此句、因以為韻作小詩十四首、送之。

「安節」というひとがよくわからないのですが、作者が処罰を受けて安徽の黄州に飛ばされたのについてきてくれた若い者、で、蜀が郷里で、おそらく作者と親戚筋のひとだろう、と想像しておきます。

というんです。

十四首全部書き出すと疲れるので、第十四番目の最後の詩、「驢」の字を韻にしたものを紹介します。

万里却来日、一庵仍独居。

応笑謀生拙、団団如磨驢。

臼を回して粉をひくのには、牛も使われますが、ここは押韻の関係で「ロバ」にしたようです。「居」と「驢」が韻を踏んでいることになります。

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宋・蘇東坡「送安節小詩十四首」より。ぐるぐる回るばかりでほんと人生何も進みませんね。回っているうちに知っている人がどんどん彼岸に行きます。速度の速いひとほど遠心力が働くという一面もある。

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