相抱而泣(相抱きて泣く)(「後漢書」)
仲良し小道は、みよちゃんと行きたいです。考えて見ると「男目線」の歌だったんだな。

おれ、りゅう。知ってる?見たことある?
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後漢の桓帝(在位146~167)の時、党錮の禁が起こり、多くの硬骨の士が職を追われた。陳留の張升も県令の地位を去って、郷里に帰ることにした。
道逢友人、共班草而言。
道に友人に逢い、共に草を班して言えり。
途中で友人に会って、一緒に道端の草を折り敷いて話し合った。
張升言う、
吾聞趙殺鳴犢、仲尼臨河而反。覆巣竭淵、龍鳳逝而不至。今宦豎日乱、陥害忠良、賢人君子其去朝乎。
吾聞く、趙の鳴犢と殺すや、仲尼河に臨んで反す、と。覆巣と竭淵には、龍・鳳も逝きて至らず。今、宦豎日に乱れ、忠良を陥害して、賢人君子それ朝を去らんか。
こんなことを以前教えられた。―――趙の国が鳴犢を殺したところ、趙に向かおうとして黄河の渡しまで行っていた孔子は、行くのを止めてしまった。棲み処の巣がひっくり返されたり、潜んでいた淵の水が涸れてしまえば、おおとりはその巣から、龍はその淵から、去って行ってしまうだろう、と。
環境が整わなければ仕えようとする者もいなくなる。
今、宦官たちは日々に国政を乱し、誠実で善良な官僚たちを陥れ、害している。賢人や君子は朝廷から去っていくしかないであろう。
「没落官僚」です。政治家の下請けとなり、怒鳴られながらブラック職場で働く「官僚」たちのなりてがいなくなるのと同じです。さて、現代において「宦官」は誰だ?
夫、徳之不建、人之無援、将性命之不免、奈何。
それ、徳の建たざる、人の援くる無き、まさに性命の免れざるを、奈何すべき。
ああ、徳による支配は失敗した。勢力家の中に支援してくれる人はいない。もう精神的にも物理的にも限界であろう。どうすればいいのだろうか―――。
因相抱而泣。
因りて相抱きて泣けり。
そこで、二人で抱き合って泣いた。
ああ、仲良しだなあ。美しい姿です。
と、そこへ、
老父、趨而過之、植其杖、太息言。
老父、趨りてこれを過ぎり、その杖を植えて、太息して言えり。
おじいさんがやってきて、小走りに二人の前を通り過ぎようとして、ついていた杖を立てて立ち止まり、大きく息を吐いて、言った。
吁、二大夫、何泣之悲也。夫龍不隠鱗、鳳不蔵羽、網羅高縣、去将安所。雖泣何及乎。
吁(う)、二大夫、何ぞこれを泣きて悲しむや。それ、龍は鱗を隠さず、鳳は羽を蔵さず、網羅高縣するも、はた安くにか去(ゆ)かんとす。泣くといえども何にか及ばん。
おーん、二人のおえらがたよ、何のために泣いて悲しんでござる? そうだ、龍はウロコを隠していないし、おおとりは羽をしまいこんではいない。(賢者は賢者の姿を隠すことはない。)網や罠が高々と張り巡らされている中でも、(さらに高く)どこかに行こうとしているだろう。泣いて悲しんでいても何になるのかのう。
なんと。この方こそ賢者ではないか。
「お待ちくだされ」
「われらと仲良しに・・・」
二人欲与之語、不顧而去、莫知所終。
二人これと語らんと欲するに、顧みずして去り、終わるところを知る莫(な)し。
草を敷いて抱き合っていた二人は飛び起きて、このじいさんと語り合おうと呼びかけたが、その人は振り返りもせずに行ってしまって、どこで死んだのかなど全くわからない。
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「後漢書」巻八十三「逸民列伝」より。「逸民列伝」もう少しで終わります。よくここまで来ました。自分を褒めてあげたい。岡本全勝さんも野球ばかりではダメだと言っているし、温泉でも行ってくるか。だがノルマが厳しいんです。待てよ、温泉もノルマにしてしまえば・・・。
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