須得其髣髴(その髣髴を得べし)(「四朝聞見録」)
あの人のことでは、と髣髴とする人がいるかも。

雪の中で救助犬の首に下げたお酒を飲んで、気持ちよくなって寝てしまうぐらいお酒に弱いとキケンである。
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南宋の光宗皇帝は在位五年(1189~94)で強制的に退位させられた人ですが、先代の孝宗との人間関係がうまく行かず、そのうち朝廷にも出て来なくなったというのですから、おそらく鬱のような状態だったと思うのですが、決して愚昧だったわけではない。
ある時、御史から節度使の鄭興裔について密奏を受けた。
使酒尚気、政事鹵莽。
酒を使いて気を尚び、政事鹵莽なり。
「鹵」(ろ)は塩気の多い土地を意味し、「鹵莽」(ろもう)はそのような土地に木が生えず、草だけの荒れ地になっていることを言います。そこから転じて、軽率で注意の足らない態度のこと。「荘子」則陽篇に曰く、
君為政焉勿鹵莽、治民焉勿滅裂。
君、政を為すに鹵莽にするなかれ、民を治むるに滅裂たるなかれ。
あなたは、まつりごとをつかさどった時には、いい加減にしてはいけませんぞ。人民を治めるに当たっては無茶苦茶してはいけませんぞ。
と使われます。一方、天子の行列を「鹵簿」(ろぼ)と言いますが、この時の「鹵」(ろ)は「大きな盾」の象形。前後を「鹵」で守り、その間には事前に決めて達せられている帳簿(「簿」)どおりの行列を組むことから、「鹵簿」というのである。
ということで、密奏の内容は、
「鄭興裔どのは任地でずいぶん好き放題の御様子で・・・お酒に酔われては威張りちらし、軽率でいい加減な政治をなさっているとか」
ということです。
それを聞いた光宗は、いつもどおりぼそぼそとおっしゃった、
台諫之職、固在風聞。然亦須得其髣髴。
台諫の職は、もとより風聞に在り。然るにまたすべからくその髣髴(ほうふつ)を得べし。
「髣髴」(ほうふつ)は長いヒゲでよく見えなくて「はっきりとわからない」、けれど「よく似ている」という意味の形容詞です。「そっくり」ほどには似ていない。
「御史台の職はたしかに聞こえてきたウワサを伝えるシゴトだな・・・。けれど、ありそうなことにしておかないとな・・・」
「はあ・・・」
光宗は表情もかえずに言った、
興裔戚里、朕向在東宮屢与之同侍内宴。涓酒不能受、聞酒気輒嘔。安在其為使酒也。
興裔は戚里なれば、朕向(さき)に東宮に在りてしばしばこれと内宴に同侍す。涓酒も受くる能わず、酒気を聞すればすなわち嘔く。いずくんぞその酒を使うを為すに在らんや。
「鄭興裔は先代の外戚の一族じゃからな。わしは以前皇太子だった時に何度も彼と、先帝の開かれた宴会で一緒になったことがある。わずかな酒も杯を受けることができないし、酒の匂いを嗅いだだけで吐いていた。人柄はともかく、「酒に酔って」ということは・・・あり得ないな」
「は、ははー!」
言者慚懼而退。
言者、慚懼して退く。
諫言をした者は、顔を真っ赤にして、恐れおののいて退出していった。
「どいつもこいつもこんなことばかりじゃ・・・」
帝はぼそぼそとそうつぶやくと、他の案件を聞きもせずに、朝議の場から退出してしまわれた。
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宋・葉紹翁「四朝聞見録」甲集より。たいへん史料的価値が高いと言われる本なので、心して読まねばなりませんぞ。つまり、十二世紀の南宋のころにも、みんなありそうにもないことで人の蔭口を叩いてチャンスを狙っていた、ということです。みなさんも負けていられませんね。
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