王者之瑞(王者の瑞なり)(「草木子」)
今日はツラい仕事を二つ終えました。成果があるわけではないが、これでもう夏の仕事は終わりだ。ご機嫌のところへ、知り合いから観タマ記のスコアの間違いの指摘をいただきました。本当にありがたい・・・のであろうか。立ち止まって考えてみるのが賢者を目指すものの振る舞いと言うべきであろう。

しりこだま寄こすとほんとにありがたいでカッパ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
元の至正二十二年(1362)、
黄河自河東清者千余里、河魚歴歴、大小可数。
黄河、河東より清むこと千余里、河魚歴歴として大小数うべし。
黄河が、山西省の西側(つまり、オルドスから南流してくる部分です)から下流600キロ程度にわたって清んだ。黄河の中に魚がはっきりと見え、魚の大きいの小さいのを数えることができた。
元代の一里≒550メートルで、千里ちょっと、を計算してみました。
順帝(庚申帝)はこの報せを聞いて、
惨然不楽者数日。
惨然として楽しまざること数日なり。
悲しみ悼んで楽しいことを何もしなくなってしまって、数日経った。
群臣奏曰河清、王者之瑞、胡為不楽耶。
群臣奏して曰く、河の清むは王者の瑞、なんすれぞ楽しまざるや、と。
臣下の者どもは上奏して言った、
「黄河が清むのは王者にとってよいしるしと言われますぞ。どうして楽しまれないのですか」
帝は言われた、
伝云黄河清、聖人生。当有代朕者。
伝えて云う、黄河清まば聖人生まる、と。まさに朕に代わる者あるべし。
昔から、「黄河が清めば聖なるひとが生まれるだろう」と。どうやら朕に替って皇帝になる英雄が出現しているのであろう。
もうおしまいじゃ。
「何をおっしゃいますぞ」「まったくじゃ」「そうじゃ」
群臣の者どもは言った、
皇太子生子、是陛下聖孫、即其応也。
皇太子子を生ず、これ陛下の聖孫、即ちその応なり。
「皇太子さまにお子様がお生まれになったではありませんか」「この方こそ陛下の聖なるお孫さまじゃ」「黄河が清んだことは、そのことを天が喜ばれたのです」
「そうです」「そうです」「めでたや」
「そうか、そうか、みんなありがとう」
上笑而釈。
上、笑いて釈(と)く。
帝は、笑顔を見せ、楽しいこともするようになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
元・葉子奇「草木子」巻三上より。このとき江南はすでに紅巾賊やら何やらの群雄が割拠しており、元の最後の皇帝、数奇な運命と不思議な感性を持った順帝さまは、危機があっても何の対応もしませんが、状況だけは認識する知性があり、知った上で滅びに向けた行動を取っていた節もあられます。
みなさんも、悪い状況だとわかったツラい時にも、この臣下たちのように本当のことを押し隠して慰めてくれる友だちを持てるといいですね。え? もう持ってる?
コメントを残す