失君人之道(人に君たるの道を失う)(「新序」)
穀物だけでなく魚も食いたいですね。

「この魚は、渡さぬ!」「釣れるものなら釣ってみろタイ!」
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むかしむかしのことですが、
楚人有献魚楚王者。
楚人に魚を楚王に献ずる者有り。
楚の人が、魚を楚王に献上しに来た。
魚を持って来て、言った、
今日漁獲、食之不尽、売之不售、棄之又惜。故来献也。
今日の漁獲、これを食らうに尽きず、これを売るに售れず、これを棄つるにまた惜しむ。故に来たりて献ずるなり。
「今日の漁でとれましたのじゃが、食べるには食べきれず、売っても売り切れなかったのですが、棄ててしまうには惜しい。そんで、持って来ましたんじゃよ」
左右の者は、
鄙哉辞也。
鄙なるかな、辞や。
「なんとも賤しい理由を言いますなあ」
と眉をひそめたが、楚王は言った、
子不知漁者仁人也。
子は、漁者の仁人なるを知らざるなり。
おまえたちは、この漁師さんが思いやり深い人だということを理解できないのか。
と。そして、続けた。
・・・よいか、
囷倉粟有余者、国有餓民。後宮多幽女者、下民多曠夫。余衍蓄聚於府庫者、境内多貧困之民。
囷倉(きんそう)に粟の余り有れば、国に餓民有るなり。後宮に幽女多ければ、下民に曠夫多し。余衍の蓄の府庫に聚まるは、境内に貧困の民多し。
「囷」(きん)は丸い倉庫。「倉」(そう)は四角い倉庫。
丸や四角の倉庫に穀物が余りあるようなら、国内に穀物の行き渡らない飢えた民がいるはずだ。後宮に手のついてない女が多ければ、しもじもには嫁のいない男が多いはずだ。あまった蓄えが役所の倉に集まっているなら、管轄区域には貧困者が多いとわかる。
皆失君人之道。故庖有肥魚、厩有肥馬、民有餓色。是以亡国之君蔵於府庫。寡人聞之久矣、未能行也。
みな、人に君たるの道を失えり。故に、「庖に肥魚有り、厩に肥馬有れば、民に餓色あり。ここを以て亡国の君は府庫に蔵す」と。寡人これを聞くこと久しきも、いまだ行う能わざりき。
どれもこれも為政者としての在り方に失敗しているのだ。そこで、「(君主の)料理場にでかい魚があり、厩屋にエサを大量にもらって肥え太ったウマがいるようなら、人民は栄養失調に見えるであろう。このゆえに役所の倉庫に(物資を)しまい込んで置くのは、国を亡ぼす君主である」。この言葉を、わしはずいぶん以前から知っていたが、それに対応する行動を今日まで取れないでいた。
漁者知之、其以此諭寡人也。且今行之。
漁者はこれを知り、それこれを以て寡人を諭(おし)うるなり。かつ、今これを行わん。
この漁師さんはこのことを知って、魚が余ったから献上するという行動によって、わしに教えてくれたじゃ。それでは、今こそわしも行動を起こそう。
・・・と言いまして、
於是乃遣使恤鰥寡而存孤独、出倉粟、発幣帛、而振不足。罷去後宮不御者、出以妻鰥夫。
ここにおいてすなわち使いを遣わし、鰥寡を恤(あわれ)み孤独を存し、倉粟を出だし、幣帛を発し、不足に振るう。後宮の御せざる者を罷め去り、出だして以て鰥夫に妻(めあわ)す。
すぐに使者を各方面に派遣して、鰥(独身の男)寡(独身の女)を救恤し、孤(みなしご)独(ひとりものの老人)の生命を保たせ、倉庫の穀物を放出し、布や絹を配布し、それらに不足している人たちを振興した。また、後宮にいた手のついていない女どもを罷めさせて追い出し、ひとりもののおとこと結婚させた。
楚民欣欣大悦、隣国帰之。
楚民、欣欣として大いに悦び、隣国これに帰せり。
楚の民はニヤニヤと大いに喜び、隣の国も楚のいうことを聞くようになった。
ああ。
漁者一献余魚、而楚国頼之。可謂仁智矣 。
漁者ひとたび余魚を献じて、而して楚国これに頼れり。仁智なりと謂いつべし。
この漁師さん、余った魚を一回献上しただけで、楚の国はそのおかげでいい国になったのである。仁にして智慧あり、というべきであろう。
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漢・劉向「新序」巻二「雑事」より。みなさんなら倉庫の穀物、衣服や布、後宮の女、どれをもらえるとやる気が出ますか。へへへ。やっぱり食べ物がいいですが、何食っても体重増えるから「とのさまの野郎が穀物配るからこんなになっちまったぜ。とのさまのせいなのだ、おれは悪くはないのだ・・・」と文句を言うかも。
なお、古代の地方政権の後宮ですから、変なのもたくさんいたと思うんです。そこから追いだされてくるんですから、あんまり期待しても・・・
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