以殍死為憂(殍死を以て憂いと為す)(「宣室志」)
土日に食べすぎて+2キロ、さらに昨日も今日も食べすぎて(体重を測る気にもなれませんが)動悸、息切れが。どうすればいいのか。

ああいけない、そんなに食べては・・・。
・・・・・・・・・・・・・
唐の時代のことですが、元載と張謂は、若いころから一緒に学問をして、
友善。貧無僕馬、弊衣徒行於陳蔡。
友善たり。貧にして僕馬無く、弊衣して陳蔡に徒行す。
仲良しであった。二人とも貧乏で、下僕や馬を持っていなかったから、ぼろぼろの服を着て、湖北のあたりを徒歩で旅していた。
彼らの学識を買ってくれる良い働き口を探していたのである。
一日天暮、忽大風雷、原野昏黒。二人偕詣道左神廟中、以避焉。
一日、天暮るるに、忽ち大いに風雷ありて原野昏黒す。二人ともに道左の神廟中に詣り、以て避く。
ある日、日暮れ方になって、突然、すごい風・雷(もちろん雨も)に襲われ、原野の中であたりは真っ暗になってしまった。二人は一緒に、道のかたわらにあったお堂の中に入って、雨風を避けようとした。
しばらくすると、
有数輩、皆伏剣佩弧、匿於廟廡下。
数輩有り、みな剣を伏し弧を佩し、廟の廡下に匿(かく)る。
何人かの荒くれたちがやってきた。いずれも剣を持ち弓を抱え、お堂の軒先の下に雨を避けた。
会話を聞いていると、どうやら盗賊であるらしい。
二人見之甚懼、且慮為其所害。
二人これを見て甚だ懼れ、かつその害するところと為るを慮る。
二人は堂の中からこの様子を垣間見てたいへんな恐怖に襲われた。かれらに殺されるのではないかと心配したのだ。
ところが、突然、
群盗惶怖、聞廟中有声曰群盗当速去、無有驚於貴人。馳去。
群盗、廟中に声の「群盗まさに速やかに去るべし、貴人に驚かるる有る無かれ」と曰う有るを聞きて、惶怖して馳せ去れり。
群盗たちは、「お堂の中から、
―――群盗どもよ、すぐにどこかへ去れ。とうとき人たちが驚かれたらどうするのじゃ。
という声がしたぞ」
とパニックに陥ったように恐れ、雨の中を逃げ去って行ってしまった。
二人は何が起こったのか、腑に落ちなかったが、ほっとして、
相賀曰、吾向者以殍死為憂、今吾聞声。且喜且異。
相賀して曰く、「吾さきには殍死を以て憂いと為せるに、今吾ら、声を聞く」と。かつは喜び、かつは異とせり。
互いに慶賀しあって言った。
「これまでは、飢え死にすることばかりが心配だったが、さっきの群盗の聞いた声によると、我々は貴い人になるらしいぞ」
喜んでみたり、不思議に思ったりした。
後、元載果相代宗、張謂終於礼部侍郎。
後、元載果たして代宗に相たり、張謂は礼部侍郎に終わる。
その後、果たして、元載は代宗(在位762~779)の時に宰相となり、張謂は礼部の次官まで至ったのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
唐・張讀「宣室志」巻二より。唐の時代は合理的な精神が行きわたっていない、不思議なことは何でもありの時代ですから、この程度の幻聴はあり得たのでしょう。飢え死にの心配が無くなったのはいいことですが、彼らも貴くなったら、食べすぎて太って息切れ、動悸、めまいなどに苦しんだかも知れません。
自己責任主義社会の時代精神のもと、自らを律する心が弱いせいだと頭では理解しているが、ここまで追い込まれるとは、運命的なものを感じざるを得ない。
コメントを残す