杜門俟死(門を杜(とざ)して死を俟つ)(「放翁家訓」)
ああ今日は35度を切ったから過ごしやすかったなあ。もう秋みたいなものだ。・・・暑いのには慣れてきましたが、人生には疲れてきております。

この人は「早く来い」と待っていてくれるかなあ。
「いや、急がなくてもいいぞ。その分悪事がたまるだろうけど」
・・・・・・・・・・・・・・・
「七夕の短冊に書くことは「極楽往生」ぐらいじゃよ」
という話をしていたら、南宋の老人が怒ってきました。
気不能不聚、聚亦不能不散。其散也或遽或久、莫或致詰。
気は聚まらざる能わざるも、聚ればまた散ぜざる能わず。その散ずるやあるいは遽(にわ)かに、或いは久しくするも、或いは致詰することなし。
―――「気」のエネルギーというのは集まって形を作り、生命体を構成するのは当たり前のこと。また、集まったらいつかはバラバラになるのも当たり前のこと。バラバラになるのがあっという間のもの、しばらくかかるものはさまざまだが、最後まで詰まっていてバラバラにならない、というものはあり得ない。
イヌが西向きゃ尾は東、同様に、生まれたものはそのうち必ず死ぬんやでー、と言ってます。
而昧者置欣戚於其間、甚者祈延而避促、亦愚矣。
而るに昧する者はその間に欣戚を置き、甚だしき者は延ばすを祈り、促すを避く、また愚かなり。
―――ところが目のくらんだやつは、その(バラバラになるのがあっという間の場合としばらくかかる場合の)両者の間に「よろこび」と「悲しみ」を置く(。長生きは喜び、若死には悲しみだというのだ)。もっとわかっていないやつは、バラバラになるまでの期間を延ばしてくれと祈り、早くバラバラになりそうなことを避けるのだ。こりゃまた愚かなことじゃなあ。
なんにしても、
吾年已八十、更寿亦不過数年便終、固不為夭。杜門俟死、尚復何言。
吾、年すでに八十、更に寿なるともまた数年に過ぎずしてすなわち終わり、もとより夭と為さず。門を杜(とざ)して死ぬを俟つも、なおまた何をか言わん。
―――わしは、今年でもう八十になりますでな。これ以上長生きしたところでもう数年に過ぎずにおしまいじゃ。誰も若死にしたなんて思わない。あとは門を閉ざして外部と交わらずに死んでいっても、何の文句も無い状態じゃ。
そこまでは肝冷斎もわかってはいるようじゃが、
且夫為善自是士人常事、今乃規後身福報、若市道然、吾実恥之。使無禍福報応、可為不善耶。
かつ、それ、善を為すは自ずからこれ士人の常事なるに、今すなわち後身の福報を規するは、市道善たるがごとく、吾は実にこれを恥ず。禍福・報応を無からしめば、不善を為すべけんや。
―――それに加えて、ほれ、善い事をするのは、(強制されるのではなく、)われらサムライの普通の自然なことではないか。それなのに、今、あの世に行ってからのことを考え(て善事をしようなどとす)るのは、(利害を重視する)市場の商いの方法と同じことではないか。わしはほんとにそれはイヤだね。いいことがあるとはないとか、バチが当たるとか報われるとか、そんなことが無かったら、よくないことをしてもいい、などと思っているのではなかろうな。
どうなのか、肝冷斎よ。
「むむむむむ・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・
宋・陸放翁「放翁家訓」(「水東日記」巻十五所引)より。七夕の短冊に極楽往生の夢を描くことも許されないのか・・・と思いましたが、それは「士」サムライの人だけのことですね。おれらは関係なさそうです。サムライの人は大変ですね。
明後日締め切りのパワポ作業、ほんとに進みません。こんな作業はサムライにでもやらせてもっと実のあるシゴトをしたいところだが。
コメントを残す