水壅而潰(水壅(ふさ)がれば潰す)(「史記」)
今日は昼間も居眠りし、今もPCの前で居眠りしてました。ムリに起きてるのもムリです。

水や言いたいことがたまるとキケンだ。
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紀元前九世紀、途方もない昔のことでございますが、周の国の王さまが暴虐でやりたい放題(「暴虐侈傲」)だったので、ひとびとはこれを批判(「謗」)した。
王怒、得衛巫、使監謗者。以告則殺之。
王怒り、衛の巫を得て、謗る者を監せしめ、告ぐればすなわちこれを殺すを以てす。
王さまはお怒りになり、衛の国からすぐれたシャーマンを連れてきて、批判する者が無いか監視させた。そして、批判する者があれば、そいつを死刑にしたのである。
衛の国のシャーマンは、誰が何を言っているか、居ながらにして知る能力を持っていたのだそうです。テレパシーの一種なのでしょう。
こうして、
其謗鮮矣。国人莫敢言、道路以目。
その謗ること鮮(すくな)し。国人敢えて言う莫(な)く、道路に目を以てす。
批判は少なくなった。国民たちはあえて言葉にしようとはせず、道で出会うと目配せしあうだけとなった。
王喜曰、吾能弭謗矣。乃不敢言。
王喜びて曰く、吾よく謗りを弭(ゆる)めたり。すなわち敢えて言わず。
王さまは喜んでおっしゃった、
「わしは批判を抑えることができた。もう誰もあえて言葉にしようとはしなくなったぞ」
よかったです。
すると、国老の召公が申し上げた。
防民之口、甚於防水。水壅而潰、傷人必多。民亦如之。
民の口を防ぐは、水を防ぐより甚だし。水壅(ふさ)がれば潰し、人を傷つくること必ず多し。民もまたかくの如し。
人民の口を塞ぐのは、水を塞ぐよりもたいへんなことでございます。水を塞ごうとして堤防が崩れれば、ひとびとに大きな損害を与えますが、民の口を塞ぐことも同様です。
是故為水者決之使導、為民者宣之使言。
この故に水を為す者はこれを決して導かしめ、民を為す者はこれを宣べて言わしむるなり。
このため、水害対策をする者は水の流れる道を作って流れさせ、人民を治める者は人民に公けの場で話させて発言をさせるのです。
天子聴政、使公卿至於列士献詩、瞽献典、史献書、百工諫、庶人伝語、而後王斟酌焉。
天子の聴政するは、公卿より列士に至るまで詩を献ぜしめ、瞽に典を献ぜしめ、史に書を献ぜしめ、百工業に諫せしめ、庶人に伝語せしめ、しかる後、王は斟酌す。
天子は政治について意見を聴くものでございますが、その際には、廟堂のおえら方から役職を持つ自由市民のみなさまたちには詩を作って持ってこさせます。目の見えない賢者には過去の決まりを教えてもらいます。書記には記録を持ってこさせます。多数の職員には諫言をさせ、一般民衆にはうわさをさせ、その後で、王さまはそれらの言葉を調整して、政治をなさるものでございます。
民之有口也、猶土之有山川也。夫民慮之於心、而宣之於口、成而行之。若壅其口、其与能幾何。
民の口有るや、なお土の山川有るがごときなり。それ、民は心にこれを慮れば、これを口に宣(の)べ、成りてこれを行う。もしその口を壅がば、それともに能くすること幾何ぞや。
人民に口があるのは、大地に山や川があるのと同じです。(なければおかしいのです。)人民なるものは、心に思ったことを口に出して議論しあい、まとまればそれを実行に移すのです。その口のところを塞いでしまえば、いつまでまとまっていられることでしょうか。
「はあ? なに言ってんの」
王不聴、於是国莫敢出言三年、乃相与畔。
王聴かず、ここにおいて国に敢えて言を出ださざること三年、すなわち相ともに畔(そむ)けり。
王は言うことを聞かなかった。こうして、国内のひとびとは何も批判の言葉を出さなくなった。そして、三年後にはみんなで反乱を起こした。
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「史記」周本紀第四より。召公の言葉はもっと長いのですが、少し省略しています。居眠りしてもまだ眠いので早く寝たい。なので手抜きだ。だがそれでもまたこんな時間に。わしは何をしているのであろうか。
結局、この王さまは反乱を起こされ、襲撃され、追放され、コロされてしまい、後世から「厲王」と呼ばれることになっていまいました。民の口を塞いではいけませんね。でも、現在では国政について民の口を塞ぐことなどあり得ませんから、心配する必要はありません。安心だ。〇理は耳を塞いでいるだけでしょうし。
岡本全勝さんもあんまりほんとのこと言ってると衛のシャーマンに見つかってしまうかも。民は黙らせておいても三年間は大丈夫みたいですから、まだ安心です。
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