竟成人蝟(ついに人蝟と成す)(「觚賸」)
カッコ悪いのでできるだけ昼間の外出を控えているが、もし人間ハリネズミになれたら、町を歩いてみたくなりますね。「・・・になれたら」と思うばかりで消尽してきた人生であるが。

江戸時代、三河地方に現れた「きゅうそさま」は、ネコをも食べた巨大ネズミである。ハリネズミよりカッコいいかも。
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清の康煕壬戌年(1682)七月のことです。
河南・祥符県といえば、もとは宋の都・開封の地ですが、その郊外に三教庵という古いお寺があった。
距城十余里、僻在荒野、隣近並無居民。
城を距つること十余里、荒野に僻在し、隣近並びに居民無し。
市街地から十余里(一里≒600メートルで計算してみてください)離れて、へき地の荒れ野にあり、近所に住民は一人も棲んでいなかった。
武学の生員(「武衿」)であった王某は、
自遠道訪旧而回、孑身無伴、暑渇且甚、暫憩斯庵。
遠道より訪旧して回り、孑(けつ)身伴無く、暑渇まさに甚だしく、暫くこの庵に憩えり。
遠いところまで昔の知り合いを訪問した帰りで、一人だけで行動していた。暑いし喉は渇くしで、しばらくこの庵で休憩させてもらうことにした。
庵僧以茶。飲之、生遂懜然不能言、但両目瞠視、形同木偶。
庵僧茶を以てす。これを飲むに、生、ついに懜然(ぼうぜん)として言う能わず、ただ両目のみ瞠視し、形は木偶に同じ。
庵の僧侶がお茶を出してくれた。そこでこれを啜ったところ―――、夢をみているかのように体が自由にならなくなり、コトバが出なくなってしまった。ただ両目だけは見開いたままで、木の人形にそっくりであった。
しばらくすると、もう一人僧侶がやってきた。
「どうじゃ?」
「いいからだをしておるのう。これなら一か月はもつな」
と会話していたが、やがて後から来た僧侶が、
以二寸許針従左手腕刺入、初覚微痛、漸乃不省。
二寸ばかりの針を以て左手腕より刺し入るに、初めは微痛を覚ゆも、ようやくすなわち省せず。
5~6センチの針を、左手の腕に差し込んでくるのであった。はじめは少し傷みをかんじたが、だんだん何も感じなくなった。
僧侶らは、
遂解去生衣、髠其頂、復将百針自腰以上、凡肩背胸膊、悉用密釘、竟成人蝟。
ついに生の衣を解去し、その頂を髠し、また百針を将いて腰より以上、およそ肩背胸膊、ことごとく密釘を用い、ついに人を蝟と成す。
「髠」(こん)は頭を剃ること、「蝟」(い)は「はりねずみ」のことです。
人形のように動けなくなった王某から着物を剥ぎ取り、頭髪を剃り上げると、また百本もの針を持ちだして、腰より上、肩や背中や胸や腕に、密集してこれを打ち込み、とうとう「人間ハリネズミ」のようにした。
そして、次の日から、
柳輿舁之出庵、周行村鎮。
柳輿にこれを舁きて庵を出で、村鎮を周行せり。
ヤナギで出来た(軽い)輿に載せられて庵から出発、あちこちの村や集落を回った。
村の広場に着くと、二人の僧侶は、村人たちに、
「ほとけじゃ、ほとけさまがおくだりになられたのじゃ」
「おいたわしや、ほとけさまは、おまえたちの罪を替って負うために体中に針をお刺しになったのじゃ」
と言い、
口称仏号、且曰、有能施銀銭者、為抜一針。
口に仏号を称し、かつ曰く、「よく銀銭を施す者有らば、ために一針を抜かん」と。
僧たちは口に南無阿弥陀仏を唱えつつ、「もし銀や銅銭を寄付する方がありましたら、その人たちのために、一本づつ、みほけに刺さった針を抜きますぞ」と言って歩いた。
「ありがたや」
檀施頗集。
檀施すこぶる集まる。
寄付金はずいぶん集まった。
「もっと稼げるぞ」
旋至城市、観者如堵。
旋して城市に至るに、観者、堵(と)のごとし。
巡回して県庁所在地にもやってきた。さすがに都会では、見物人が垣根のように集まった。
たくさん来たので、
衆中一人迫視久之、亟呼、此我表弟王生也。何以至是。
衆中一人、迫視すること久しく、すみやかに曰く、「これ、我表弟・王生なり。何を以て是に至れる」と。
観客たちの中にひとり、「みほとけ」を熱心に見つめている者がいたが、やがて慌てて言い出した。
「これはわしのいとこの王生じゃ! なんでこんなことになったのだ?」
僧侶たちはただちに逃げようとしたが、
市人擒僧鳴官。
市人僧らを擒(とら)えて官に鳴す。
市場にいた一般市民らが僧侶たちを捕まえ、県庁に訴えた。
庵に立ち入り検査に入ったところいろいろ押収され、余罪が随分あることも判明した。
なお、王生については、県の派遣した医師が、
為生去針尽乃甦。
生のために針を去り尽くしてすなわち甦れり。
王生から慎重に針を抜き尽くし、最後の一本を抜いたら、コトバをしゃべったり体を動かしたりすることができるようになった。
時の祥符令は黄古雲というひとで、自ら取り調べて処刑したという。
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清・鈕琇「觚賸」正編巻五より。最後の一行でずいぶん信憑性が高まります。そうか、知事の個人名まで明らかなんだから、絶対ほんとのことなんだろうなあ。それにしてもチャイナの人はこういう猟奇的な話好きですね・・・と思いましたが、思いませんでした。思っていません。絶対。
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