無首無尾(首無く尾無し)(「荘子」)
肝冷斎の「説明」がまさに「首無く尾無し」の感じでした。プレゼンというような高級なものはしたことがありません。最近は人に「説明」することさえないのでみみず系人間としては楽ちんである。

みんな土食って生きるでみみずん。かっこいい服も清潔な家も、生命の本質には関係ないでずんずん。
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宋の黄庭堅が李白の詩のことを評して、こう言っている。
如黄帝張楽于洞庭之野、無首無尾、不主故常。
黄帝の洞庭の野に楽を張るが如く、首無く尾無く、故常を主とせず。
超古代の聖人・黄帝が、洞庭の野で音楽を演奏させたようなものだ。あたまもしっぽもわからない。決まり事や日常性を守ることもない。
「ちょっと待ってくださいよ。宋代の黄庭堅先生が、紀元前五千年ぐらいの黄帝の時代の音楽のことを何故知っているのですか」
「それはちゃんと本に書いてあるからじゃよ。ほれ、この本のここを読んでみたまえ」
―――北門成が黄帝に質問した。
帝張咸池之楽于洞庭之野、吾始聞之懼、復聞之怠、卒聞之而惑。蕩蕩黙黙、乃不自得。
帝、咸池(かんち)の楽を洞庭の野に張るに、吾始めこれを聞きて懼れ、またこれを聞きて怠り、ついにこれを聞きて惑う。蕩蕩として黙黙、すなわち自得せず。
黄帝さま、あなたが洞庭の野原で咸池(かんち)の曲を演奏したとき、わたしはそれを聞いて、最初は恐怖を感じました。聴いているうちに、次に眠くなってきました。それから最後にはなんだか分からなくなってしまいました。音に溢れているかと思っているうちに音が無くなってしまい、困惑したままに終わってしまいました。
黄帝は答えた。
女殆其然哉。
女(なんじ)、ほとんどそれ然るかな。
ほう、おまえさん、ほぼわかっているではないか。
「そ、そうなんですか」
吾奏之以人、征之以天、行之以五徳、応之以自然。然後調理四時、太和万物。四時迭起、万物循生。
吾これを奏するに人を以てし、これを征するに天を以てし、これを行うに五徳を以てし、これに応ずるに自然を以てす。然る後、四時を調理し、万物を太和す。四時迭(たが)いに起こり、万物循(したが)いて生ず。
わしは音楽を演奏したときには、人間たちにさせた。世界を征服するときには、天にさせた。行動は五つの徳にさせた。何かに対応するときには、「自ずと然り」、相手に従順に対応した。そうして、四つの季節を整えおさめ、すべての物を大いにやわらげたのだ。四つの季節は順次に正しく交代し、すべての物は季節に応じて発生・成長する。
一盛一衰、文武綸経、一清一濁、陰陽調和、流光其声。
一盛一衰して文武綸経し、一清一濁して陰陽調和し、その声を流光す。
盛んになったり衰えたりして、文化と武備は補足し合って政治が行われ、ある時は潔癖な、ある時は汚濁した時代があり、陰と陽は調いやわらぎ、その間、ものごとに付随した音楽は変化しながら輝いている。
蛍蟲始作、吾驚之以雷霆。其卒無尾、其始無首。一死一生、一僨一起、所常無窮、而一不可待。女故懼也。
蛍蟲始めて作(おこ)れば、吾これを驚かすに雷霆を以てせり。その卒(お)わるに尾無く、その始まるに首無し。一死一生、一僨(ふん)一起、常とするところ窮まる無く、一に待つべからず。なんじ、故に懼るるなり。
ホタルが出始めたころには、わしはカミナリの光と音であいつらをびっくりさせてやるのだ。その終わりにしっぽが無く、その初めに頭がない。(季節の流れには、終わりも始まりも無いのだ。)死んだり生まれたり、倒れたり起き上がったり、絶対にこれでおしまいというところは無く、何事も予想ができないのだ。だから、おまえさんが恐怖を感じたのは当然じゃ。
吾又奏之以陰陽之和。
吾またこれを奏するに陰陽の和を以てす。
次に、また、音楽を演奏するのに陰陽のやわらぎを以てした。
おまえさんが眠くなったのは当然じゃ。
燭之以日月之明。
これに燭するに日月の明を以てす。
今度は、太陽と月を使って、世界にともしびを輝かせた。
其声能短能長、能柔能剛、変化斉一、不主故常。
その声よく短くよく長く、よく柔らかくよく剛く、変化し斉一し、故常を主とせず。
その音は短くもなり長くもなり、柔らかにもなり剛(たけ)くもなり、変化したり一つのものに収斂したり、決まり事や日常性を守ることもない。
おまえさんが困惑してしまったのも当然じゃ。
けれどもそれ(わしの音楽)は、大いなる意思そのものであるから、
在谷満谷、在阬満阬。
谷に在りて谷に満ち、阬に在りては阬に満つ。
谷のところでは谷中に満ちあふれ、大きな竪穴のところでは竪穴に満ち溢れていくのである。
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「荘子」天運篇より。あたまも無ければしっぽもない。はじめも終わりもない「わしの音楽」。様式から自由であると、そんな音楽になるのでしょう。これがそのまま「生き方」の換喩となっている。さすが「荘子」である。
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