夕惕庶事(夕べまで庶事に惕(おそ)る)(「後漢書」)
みなさんご苦労さまです。サービスをやめて夕方帰ろう。

マジメに一攫千金を目指す?
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後漢の臺佟(だい・とう)は字・孝威、魏郡・鄴のひとである。
隠於武安山、鑿穴為居、采薬自業。
武安山に隠れ、穴を鑿ちて居と為し、采薬して自ら業す。
郷里の武安山に隠れてしまい、穴を掘って家にしていた。山中で薬草を採ってくるのをシゴトにして、自ら労働していた。
竪穴か横穴が書いてありませんが、おそらく横穴でしょう。
建初年間(76~84)、州に招かれたが就かなかった。刺史(州知事)は高等官の従事を遣わして面会を求めてきたが、
佟載病往謝。
佟、すなわち病みて往謝す。
臺佟は、自ら出かけたものの、すぐに病気になったと言って面会を断った。
刺史乃執贄見佟。
刺史はすなわち贄を執りて佟に見(ま)みゆ。
刺史はそこで、土産物を手にして佟の家まで面会に来た。
この時持って行った土産物は
棗栗之贄(ナツメとクリのみやげ)
だったと晋の嵆康が言っています。確かにこれなら我々隠者も断らないかも。
刺史は面会すると、言った、
孝威、居身如是、甚苦、如何。
孝威、身を居ることかくの如きとは、甚だ苦しからん、如何ぞ。
「孝威さん(字で呼んだ)、こんなふうな暮らし向きとは、たいへんお苦しいのではないか。如何ですか?」
横穴住宅の外でそんなこと言ったわけです。
臺佟は横穴の中から答えた。
佟幸得保終性命、存神養和。如明使君奉宣詔書、夕惕庶事、反不苦邪。
佟、幸いに性命を保終し、神を存して和を養うを得。明使君の詔書を奉宣して、夕べまで庶事に惕(おそ)るが如きは、反って苦しからずや。
「佟めは、ありがたいことに自分の本質を喪わずに保ち、精神を守って和やかさを育てることができています。優秀なる知事さま、あなたが皇帝からの詔書を奉じてその趣旨を宣伝し、朝から夕方までいろんなことにおそれ謹んで働いておられる方が、逆にお苦しいのではないですか?」
と。
「むむむ・・・」
臺佟はその後、
遂去、隠逸、終不見。
遂に去りて隠逸し、ついに見(あらわ)れず。
とうとうそこも引き払ってさらに山奥に隠れ住んでしまい、身を終えるまで出現しなかった。
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「後漢書」巻八十三隠逸列伝より。直球派の隠者ですね。
なお、「夕惕」(夕べまで惕(おそ)る)は、「周易」の乾卦九三爻辞を踏まえています。占って、上から下まで(易では下から上まで、になりますが)「陽」の爻で出来た「乾」の卦の、下から三番目の陽爻が出たときの時運は、
君子終日乾乾、夕惕若、厲、無咎。
君子は終日乾乾(けんけん)として、夕べまで惕若(てきじゃく)たれば、厲(あや)うけれども咎無し。
あなたが、一日中すなおに真っすぐに、夕方まで恐れ謹んで努力するならば、危険な場面はあるだろうが、責められることはない。
「乾乾」は「懈(おこた)らず」(さぼらない)の意だと程伊川先生が言ってます。わたしは「乾」に「健」の意があることから、「すなおで真っすぐ」と訳してみました。佳訳だね。
終日乾乾、夕べまで惕若たり(たれ、でもいいですね)。
はいいコトバなので覚えておきましょう。
最近夏になって日が長いので、夕方職場から逃げるように出ていくとき、まだ陽があります。そんな時、
終日乾乾、夕べまで惕若たり。
今日は一日中、夕方までマジメにやったなあ。
「うっしっしー」と偉そうにして帰るといいと思いますよ。サービス残業はしません。
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