少年無恥(少年恥ずる無し)(「清通鑑」)
諸先輩はがんばっておられたのだ。わたしどもには真似さえできません・・・よね。

越後のちりめん問屋の隠居のわしに何ができようか。
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清・乾隆四十九年二月、帝のところに刑部尚書の秉公審がある案件を持ち込んでまいりました。黄旗軍に属する護軍統領の満斗(まんと)が
殴死家奴鄭栄。
家奴・鄭栄を殴死せしむ。
その家の隷属民・鄭栄を殴り殺してしまった。
という事件です。家長が家奴を私刑によって殺してしまうことは、認められております。そういう刑罰以外の理由でコロしてしまっても、普通は情状酌量が働いて無罪なり罰金で済むのですが、何故こんな些細な事件について多忙な帝に裁決を求めてきたのか。
復将其有夫之女奸占。
またその有夫の女を将いて奸占せんとせり。
「この事件は、夫のある女を拉致して自分のものにしようとした、という事案と併合しているのでございます」
「なんじゃと!」
家奴をコロすのは、何らかの理由があれば「正当行為」でございます。しかし、夫のある女に手を出そうとして殺人を犯した、となると道徳上許されない可能性が生じてきたのでございます。
・・・事件の発端は昨年の五月のこと、
満斗意図奸家奴鄭栄之女二娘為妾、二娘不従。
満斗、家奴鄭栄の女二娘を妾と為さんと意図するも、二娘従わず。
満斗は、家奴の鄭栄の娘・二娘を妾にしようと考えたのだが、二娘が従わなかった。
二娘には夫があったのです。なお、鄭栄は代々の家奴ではなく、前借金を得て家奴となった「契買家奴」でございました。
満斗は怒って、鄭栄とその妻劉氏を罵りぶん殴りましたので、鄭栄夫婦は耐えられず、
至保人家、欲借銀贖身。
保人の家に至りて、借銀して身を贖(あがな)わんとす。
保証人の家に行って、カネを借りて前借金に宛てて家奴を辞めたい、と申し出た。
満斗は家の子たちを遣わして鄭栄夫婦と二娘を連行させた。なお、
二娘之夫聞風先逃。
二娘の夫、聞風して先に逃ぐ。
二娘の夫は、状況を察知して先んじて逃げ出しておりました。
満斗はひとわたり三人を殴ったり蹴ったりした(用拳脚将殴踢一頓)後、木の棍棒で鄭栄のしりと足を痛打し、ために鄭栄は両足の骨が折れてしまい、次の日には死んでしまった。
そのまま、二娘は妾とされ、劉氏は監禁状態にあったのですが、
本年正月劉氏乗機逃出、到歩軍統領衙門控告。
本年正月、劉氏機に乗じて逃出し、歩軍統領衙門に到りて控告す。
今年の正月(先月ですね)になりまして、劉氏はすきを見て脱走し、歩軍統領の役所(すなわち、満斗自身が所属する役所です)に訴え出た。
歩軍統領衙門の役人は、「これは刑事事件であるから当衙門の所管ではない」として、刑部に連絡を入れてくれた次第でございます。
関係者取り調べを終えた刑部は、
家主将奴僕之妻妄行占奪、図奸不遂、将奴僕毒殴至死例。
読み下すのも面倒なので、和訳しますと、
家長が、奴隷や下僕の女房を不当に奪い取って、ヤろうとしたがうまくいかず、奴隷や下僕を毒で殺したり殴り殺したりした先例
を当てはめて、「黒竜江に流罪にする」という案と、朝廷の大官であったことを勘案して、中央アジアのイリの「下っ端役人として派遣する」という案の二案を持ち込んできました。
乾隆帝はおっしゃった、
此等事従前如舒寧・祖尚徳倶経犯案、雖無甚奇、但満斗年逾八旬、尚有此少年無恥之事、実属可笑。
これ等の事、従然に舒寧・祖尚徳、ともに犯案を経たるが如く、甚だ奇たること無しといえども、ただ、満斗年八旬を逾え、なおこの少年恥ずる無きの事有り、実に笑うべきのことに属す。
同じようなことは、以前、舒寧や祖尚徳が事件を起こしてすでに判決が出ている。そんなに珍しいということでもないが・・・、しかし、満斗のやつはもう八十の齢を越えているのだぞ。それでこんな若者が仕出かすような恥知らずな事件を起こすとは、お笑いとしかいいようがない。
なんと、八十歳を超えていたのです。
乾隆帝は、舒寧や祖尚徳の例(辺地に下っ端役人として派遣する)から、年齢八十歳以上であることを勘案して、罰金七千二百両を支払わせた上で、
守分家居、不許出外滋事。
守分して家居せしめ、出外して事を滋(ま)すを許さず。
辺地の下っ端と同じ扱いにした上で北京の家に住まわせるが、外出して何かをすることは禁止した。
「遠方に出してやるより、北京の知り合いたちの間にいて、笑いものにされるがよかろう」
なお、劉氏と二娘については解放されて良民身分とした上、満斗側が前借金の返金を求めることはできないこととされた。
二娘の夫がどうしたかはよくわかりません。
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「清通鑑」巻一四一・乾隆四十九年(1784)章より。「元気があってよろしい!」・・・とは言ってもらえませんでした。この時期、乾隆帝はもう晩年に近く(まだ十数年生きますが)、後世ずいぶん批判されるような判断をしておりますが、こんな事件も持ち込まれるのではだんだんボケてくるのでございましょう。
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