至河心死(河に至れば心死す)(「籜廊琑記」)
途中で中止する勇気が必要です。

怨霊に勝てるか。
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清のころのお話です。
晋州令をされた章燮どのに聴いたことだが、
表兄某孝廉意欲買妾、而妻不允。
表兄の某孝廉、意に妾を買わんと欲するも、妻允(ゆる)さず。
いとこにあたる挙人の某は、妾を買おうと思っていたのだが、正妻が許そうとしなかった。
「孝廉」は漢の時代に出来た制度で、孝行者で清廉潔白だとして地方から中央政府に推薦された人を言いましたが、明や清の時代には、科挙の地方試験を合格した「挙人」のことです。
妾? 買いたいなら買えばいいではないか。女房が反対する? がつーん、とやってやればいいだろう、がははは・・・とみなさん、思いますよね?
ところが、
其妻妬而悍、威振閫外。雖戚友輩以計勧之、百折不回、誓死不渝。
その妻、妬にして悍、威は閫外にも振るう。戚友輩、計を以てこれを勧むも百折回らず、死を誓いて渝(か)えず。
この正妻というのが、嫉妬深いし気が強くて、家の表にまで力を振っていた。某の親戚や友人がいろいろ準備をして買妾のことを進言しても、百回言われてもOKせず、死んでも考えは変えません、というのであった。
「閫」(こん)は屋敷の中の女性たちの部屋。「奥」とでも訳せるかも知れません。
これではどうしようもない。某は諦めた。
適妻病、延医調治。
たまたま妻病み、医を延(ひ)きて調治す。
その後、正妻が病気になって、医者を呼んできて治療することになった。
このとき、医者が調剤した薬を、某孝廉が預かって、何やら別の粉末を混ぜたりしていたのだそうである・・・。
妻、服薬而死。
妻、服薬して死す。
正妻は、薬を服用したところ、死んでしまった。
親類の中には医者を訴えるかという議論もあったようだが、某は見舞金を受け取って和解し、
遂伸其志。
遂にその志を伸ばす。
とうとう思いどおりに妾を入れた。
さて、この年は、中央での試験があり、挙人として資格のある某も受験のために北京に向かうこととした。
諸同人計偕北上、孝廉輿馳駅往。
諸同人、計りてみな北上し、孝廉も輿馳して駅往す。
挙人仲間と連絡してみなで北に向かって旅立ち、某孝廉も輿に乗ったり馬に乗って行った。
すると、
途中、妻形屢現。諸同人亦共睹之。
途中、妻の形、しばしば現わる。諸同人もまたともにこれを睹る。
その途上で、死んだ正妻の姿が、しばしば現れた。仲間たちもそれを見たのであった。
やがて黄河の渡し場である鄭州まで着くと、
諸同人相与沮曰、明日将渡河矣。尊閫生為悍婦、死為厲鬼、屢現形魄。
諸同人相ともに沮(はば)みて曰く、「明日まさに河を渡らんとす。尊閫、生きては悍婦たり、死して厲鬼と為り、しばしば形魄を現わす。
仲間たちは、みなで某が舟に乗るのを阻んで、言った、
「明日はとうとう黄河を渡ることになるが、おまえさんの奥さん(尊閫)は、生きていた間は気性の激しい女性だったが、死んでからは悪霊になったようで、何度も姿を現している。
おまえさんの何を怨んでいるのかは別として、
如是、勢必不甘心於爾、爾不可以渡河。如渡河、某等亦不願与爾同舟共済。
かくの如ければ、勢必ず爾に甘心せず、爾、以て河を渡るべからざるなり。もし河を渡らんとせば、某(ぼう)らまた願わず、爾と同舟にて共に済(わた)らんことを」と。
この様子では、どうみてもおまえさんをこのまま大目に見ようとはしないだろう。おまえさんは、河を渡ることはできないぞ。もしおまえさんが河を渡ろうとするなら、わしらはおまえさんと同じ舟で渡るのは絶対にイヤだ。
奥さんに、一緒に引きずり込まれてしまうだろうからな」
と。
「なにを言うのだ!」
孝廉尤不服。
孝廉、尤も服さず。
某孝廉は、絶対に納得しなかった。
だが、翌朝、
将臨河埠、猛見其妻已早在舟中。
まさに河埠に臨むに、猛(にわか)にその妻の已に早く舟中に在るを見る。
渡河の舟が出る波止場まで行ったところ、ただちに、女房が先に舟に乗っているのが見えたのだ。
「あわわ」
孝廉怍而返、遂不渡河。
孝廉怍(おじ)けて返り、遂に河を渡らず。
某孝廉はびびってそこから引き返し、とうとう黄河は渡らなかった。
諸同人謂曰、諺所謂不到黄河心不死、今始信之。
諸同人謂いて曰く、諺に謂うところの「黄河に到らざれば心死せず」、今始めてこれを信ず、と。
仲間たちは某を指して言った、
「俗に「黄河まで行ってみなければ、欲望は消えない」(黄河まで行けば諦める=やりたいようにやらせておけ、というような意味らしい)というが、今になってこの言葉が真理であったことがやっとわかった」
と。
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清・王守毅「籜廊琑記」巻六より。女房なんか何がコワいもんか、びびって黄河を渡れないとは情けない。みなさんもそう思いますよね。さあ、勇気を出して黄河を渡りましょう! あれ? 誰もついてきてない・・・?
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