各自有時(各自に時有り)(「山谷題跋」)
起きてる時間、寝る時間、食べる時間、食べない時間だどが別になっていない。管理能力無し生活ですね。まあ、いいか、出勤はしたからな。

肝冷斎はだめだな、おれたちネズミの方がまだしも自己規律できているかもでちゅー。
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宋の王才叔、王大観の兄弟はそれぞれ龍図閣直学士、戸部副使に至った人物ですが、兄は
小有才而善附会。
小しく才有りて善く附会す。
小才が利き、相手にうまく話を合わせて取り入る。
弟は、
負才気、議論不阿。
才気を負い、議論して阿(おも)ねらず。
自信が強く、議論になっても目上の者におもねったりしなかった。
と評された人です。二人とももう何年も前に亡くなったが、どちらも決して人格識見を高く評価される人ではなかった。
このたび、兄の王才叔の書いたものを見せてもらった。そこで、その末尾に書きつける。
王才叔兄弟、皆喜作大字、魁梧臃腫、乃以筆力豪壮為主。
王才叔兄弟、みな喜びて大字を作り、魁梧にして臃腫(ようしゅ)あり、すなわち筆力豪壮なるを以て主と為せり。
「魁梧」は「大きくて立派」。「臃・腫」はいずれも「はれもの」。ここは文字になんともいえない「こぶ」があることを言うのでしょう。
王才叔の兄弟は、どちらも大きな字を書くのが得意だった。大きく立派で、はれもののようにあちこちが膨らみ、筆を運ぶ力が豪快なのを主として書いていた。
范中済、中潜書、蓋其季孟也。
范中済、中潜の書は、けだしその季孟なり。
「季」は末っ子、「孟」は一番上。真ん中がいれば「仲」。いずれも兄弟です。親子のようには離れていない。あまり差がない。
范中済と中潜の兄弟の書き物と、いずれが甲乙とつけがたい。
しかしながら、
人各自有時、当治平之元、才叔筆墨字価千金、蔡君謨書不直一銭。
人おのおの時有れば、治平の元に当たりては、才叔の筆墨の字千金に価いし、蔡君謨の書は一銭に直せず。
ひとにはそれぞれいい時悪い時があるので、治平年間(1064~1068)のはじめごろは、才叔の文字といえば千金の値打ちがあるといわれ、現在価値のある蔡君謨の文字の方は無価値扱いだった。
というわけですから、
東方朔云、用之則為虎、不用則為鼠。豈不信矣哉。
東方朔云う、「これを用うれば虎と為り、用いざれば鼠と為る」と。あに信(まこと)ならざるかな。
漢の賢者・東方朔が言っている、「それを活躍させてやればトラにもなるだろう。活躍させないのならネズミになってしまうだろう」と。ほんとうのことではないか。
まわりの評価で文字の価値も恐らくは人の価値も、ひとびとの意識が変化するので価値が高まったり低まったりする。そんなことに惑わされずに、己を貫くことが重要です。自信ありませんが。
東方朔のことばとして、
「これを用うれば虎と為り、用いざれば鼠と為る」
という印象的な言葉が出てきます。
「漢書」東方朔伝によれば(「史記」にも同じ話があるのですが、略述されていて、上のことばが出てきません)、ある時、他の臣が武帝お気に入りの東方朔に、「あなたほどの才能の持ち主では、侍郎(秘書)のような職では満足いかないのではないですかな」と揶揄した。東方朔がこれに答えた、というのが「答客難」(客の難(難癖)に答う)ですが、その中に、乱世においては才能ある者は用いられたが、今は名君を仰ぐ平和な世である。このような時代には、
賢与不肖、何以異哉。
賢と不肖と、何を以て異ならんや。
賢者も愚か者も、いったいどこが違うのですかな。
遵天之道、順地之理、物無不得其所。
天の道に遵い、地の理に順い、物にその所を得ざる無し。
天の道に従い、地の筋道に順応し、どんなものにも働く場所がある時代です。
故綏之則安、動之則苦、尊之則為将、卑之則為虜、抗之則在青雲之上、抑之則在深淵之下。用之則為虎、不用則為鼠。
故にこれを綏(やす)んずれば安んじ、これを動かせば苦しみ、これを尊べば将たり、これを卑とすれば虜たり。これを抗ぐれば青雲の上、これを抑うれば深淵の下に在り。これを用うれば則ち虎と為り、用いざれば則ち鼠たり。
そういうわけで、個人を静かにさせれば安定し、活動させれば不安になる。尊敬されるように配慮するなら将軍にもなろうが、これを抑圧すれば捕虜になってしまう。持ち上げれば青雲のかなたにまで昇っていくだろう、だが、抑圧すれば深い淵の底に沈む。活躍させてやればトラともなり、活躍させなければネズミになってしまうものだ。
こういうよい時代であれば、
雖有賢者無所立功。故曰時異事異。
賢者有りといえども功を立てるのところ無し。故に曰く、時異なれば事異なる、と。
たとえ賢者がいたとしても、功績を立てるところはもう無いのだ。故に曰く―――時代が違えば事態も違う、と。
と言ったというのです。
そうか、時代が違えばトラだったのかも。
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宋・黄庭堅「山谷題跋」巻五より。トラだと大変ですから、ネズミでよかった、というキモチが大切ですね。
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