5月9日 今日は一日中断続的居眠り。ずるずる間食。

各自有時(各自に時有り)(「山谷題跋」)

起きてる時間、寝る時間、食べる時間、食べない時間だどが別になっていない。管理能力無し生活ですね。まあ、いいか、出勤はしたからな。

肝冷斎はだめだな、おれたちネズミの方がまだしも自己規律できているかもでちゅー。

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宋の王才叔、王大観の兄弟はそれぞれ龍図閣直学士、戸部副使に至った人物ですが、兄は

小有才而善附会。

弟は、

負才気、議論不阿。

と評された人です。二人とももう何年も前に亡くなったが、どちらも決して人格識見を高く評価される人ではなかった。

このたび、兄の王才叔の書いたものを見せてもらった。そこで、その末尾に書きつける。

王才叔兄弟、皆喜作大字、魁梧臃腫、乃以筆力豪壮為主。

「魁梧」は「大きくて立派」。「臃・腫」はいずれも「はれもの」。ここは文字になんともいえない「こぶ」があることを言うのでしょう。

范中済、中潜書、蓋其季孟也。

「季」は末っ子、「孟」は一番上。真ん中がいれば「仲」。いずれも兄弟です。親子のようには離れていない。あまり差がない。

しかしながら、

人各自有時、当治平之元、才叔筆墨字価千金、蔡君謨書不直一銭。

というわけですから、

東方朔云、用之則為虎、不用則為鼠。豈不信矣哉。

まわりの評価で文字の価値も恐らくは人の価値も、ひとびとの意識が変化するので価値が高まったり低まったりする。そんなことに惑わされずに、己を貫くことが重要です。自信ありませんが。

東方朔のことばとして、
「これを用うれば虎と為り、用いざれば鼠と為る」
という印象的な言葉が出てきます。
「漢書」東方朔伝によれば(「史記」にも同じ話があるのですが、略述されていて、上のことばが出てきません)、ある時、他の臣が武帝お気に入りの東方朔に、「あなたほどの才能の持ち主では、侍郎(秘書)のような職では満足いかないのではないですかな」と揶揄した。東方朔がこれに答えた、というのが「答客難」(客の難(難癖)に答う)ですが、その中に、乱世においては才能ある者は用いられたが、今は名君を仰ぐ平和な世である。このような時代には、

賢与不肖、何以異哉。

遵天之道、順地之理、物無不得其所。

故綏之則安、動之則苦、尊之則為将、卑之則為虜、抗之則在青雲之上、抑之則在深淵之下。用之則為虎、不用則為鼠。

こういうよい時代であれば、

雖有賢者無所立功。故曰時異事異。

と言ったというのです。

そうか、時代が違えばトラだったのかも。

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宋・黄庭堅「山谷題跋」巻五より。トラだと大変ですから、ネズミでよかった、というキモチが大切ですね。

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