三萬巻書(三万巻の書)(酔古堂剣掃)
ふがふが。もう何もできない。

三万冊ぐらいなんくるないさー・・・なんてことはありません。
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懇親会で飲んできたからです。
もう寝てしまう。むにゃむにゃ。
胸中無三万巻書、眼中無天下奇山川、未必能文。
胸中に三万巻の書無く、眼中に天下の奇山川無くんば、いまだ必ずしも文を能くせず。
胸の中に三万巻の書を読んで大量の知識を貯え、眼の中に天下のすごい山や川の姿を見てないなら、まだ文章をうまく書けるとは言い難い。
「三万巻の書」とは、六朝・梁の昭明太子・蕭統‘が
東宮有書幾三万巻。
東宮に書三万巻に幾(ちか)き有り。
皇太子が暮らす東宮には、三万巻近い書物があった。
と謳われた(「梁書」巻八)のを踏まえて、多数の蔵書をいいます。
三万巻の書も天下の奇跡的な山川も見てないなら、
縦能亦豪傑語耳。
たとい能くするともまた豪傑語のみ。
たとえ文章を能く書いたとしても、それは豪傑の吐く一語と同じで、地に足のついたものではない。
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明・陸紹珩編「酔古堂剣掃」巻十「豪」より。三万冊も本を読んだことがないので文章を綴ることはできない。おまけに昔の仕事仲間との懇親会があって、ふらふらになっているんで、今日はここまで。