8月28日 ギョギョっとなっちゃうよ

争似作魚閑(いかでか魚となりて閑たるに似ん)(「栖霞閣野乗」)

サカナになってヒマにしていたいなあ。

「海の中は生存競争なければのどかでカメ」「ただし、おれもカメもサカナではないでルカ」

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清も終わりに近い咸豊年間(1851~61)ごろのことと思いますが、湖南・武昌のひと謝南衡ら数名が四川、雲南の地に探検に出かけ、原住民どもに聖地として怖れられていた洞窟(この地の地名を冠して「大寧洞」と呼ばれていた)に入った。

有一黄冠、兀座如枯枝。

薄暗い松明の光の中で、

「こんにちは」

問之不答。試手触其冠、応手堕地為灰。

それは、座ったままのミイラだったのだ。

もうミイラ化してかなりの時が流れているようである。

傍有一印、文曰大寧巡検司。

一行は顔を見合わせた。

「「巡検司」は明の時代の辺境監督官の職名だな・・・」

「ということは・・・」

蓋此人明世為是官、鼎革後避地修真于此、坐脱。印故所佩、雖入定未嘗舎也。

一行はミイラに深々と拝礼すると、さらに奥に進んだ。

洞深処石壁、有題一絶。

洞の深き処の石壁に一絶を題する有り。

海門千丈浪如山、一転千年瞬息間。洞裡聞雷催雨急。作龍争似作魚閑。 

もちろん「龍」は功名を争う人生を象徴します。

一行の中で誰かが言った。

「これは明の儒者・羅念庵の詩ではないか」

道流言念庵先生住静処、皆不可知也。

ただ、ミイラの人が羅念庵の弟子であったとすれば、年代も合わないことはない。

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清・孫静安「栖霞館野乗」より。カミナリが鳴るかのように、韓国は国民ですが、チャイナは政府が怒ってきました。何かあちらの御事情があるのでしょう。対応はみなさんにお任せして、おいらは処理水の中で泳ぐ魚のように楽して生きようっと。しばらく売れないから漁師さんにも獲られないかも知れないし。ホタテ好きなんです。
今日はギョッとするようなえらい人にかっこいい飯食わせてもらいました。昨日までの食生活がウソのようです。

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