鼠胆在首(鼠の胆は首に在り)(「蓬窗日録」)
近代科学の祖国フランスで暴動が続いています。

おいらのキモはどこにある?
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そういえばもうすぐパリ祭ですね。今年も半分終わりました。えーと、今年は卯年でしたっけ。来年は辰年? 「卯」(ぼう)はモノが割れる姿、「辰」(しん)は二枚貝の象形で、これを農具に使ったことから「農」に関する文字を構成する・・・のではないかなあ、と思いますが、なにしろ十二支の歴史は古く、甲骨文字に使われていますので、もう3500年ぐらい前のことです。はっきりしたことは今となってはわかりません。・・・などと好き放題言ってますと、
―――卯年は「ウサギ」の年、タツ年は「ドラゴン」の年ではないのか?
と思う人もいるかも知れません。十二支に当てはめられる十二のドウブツを現代チャイナでは「十二生肖」と言いますが、十二生肖が考え出されたのは漢の時代のことで、二千年以上前の古いことですが、十二支そのものに比べると大分新しい、十二のドウブツの当てはめはかなり恣意的で・・・とかまた好き放題言ってますと、
「肝冷斎くん、ユー、違うヨ」
とストップがかかりました。
「あ、明の嘉靖年間のひと陳全之先生ではありませんか」
「十二のドウブツの当てはめには科学的な意味があるんじゃよ」
「ええー? どのような意味が?」
「それはじゃな・・・」
・・・「十二相属」(この人の時代は十二生肖のことをこういうようです)は、二つのグループに分かれるんじゃ。
子寅辰午申戌倶陽、故取相属之奇数、以為名。
子・寅・辰・午・申・戌はともに陽、故に相属の奇数を取り、以て名を為す。
子・寅・辰・午・申・戌の六つは全部「陽」の気を持っている。(陽は奇数だ。)このため、奇数のモノを持つドウブツを採用して名前をつけているのじゃ。
鼠五指、虎五指、龍五指、馬単蹄、猴五指、狗五指。
鼠は五指、虎は五指、龍は五指、馬は単蹄、猴は五指、狗は五指なり。
ネズミ→五本指
トラ→五本指
ドラゴン→五本指(本当にそういうことなっているんです!四本指だと「蛟」という別の種類になります)
ウマ→ひづめが一本
サル→五本指
イヌ→五本指
で確かにすべて「奇数」になっているのじゃ。
「なんと。科学的ですなあ」
丑卯巳未酉亥倶陰、故取相属之偶数、以為名。
丑・卯・巳・未・酉・亥はともに陰、故に相属の偶数を取り、以て名を為す。
丑・卯・巳・未・酉・亥の六つは全部「陰」の気を持っている。(陰は偶数だ。)このため、偶数のモノを持つドウブツを採用して名前をつけているのじゃ。
「へー」
牛四爪、兎両爪、蛇✕✕、羊四爪、鶏四爪、猪四爪。
牛は四爪、兎は両爪、蛇は✕✕、羊は四爪、鶏は四爪、猪は四爪なり。
ウシ→四本指
ウサギ→二本指
ヘビ→✕✕✕(ヘビは何が偶数なのか、みなさん考えてみてください。足や指ではないのは確実)
ヒツジ→四本指
ニワトリ→四本爪
イノシシ→四本指
ですべて「偶数」になっているぞ。
「ホントだ。すごいですね」
実はわしが発見したのではなくて、「洪巽漫録」という本に書いてあったんじゃ。実地の観察ではなく「本に書いてあったこと」だから、一段と信ぴょう性が高いぞ。
「まったくです」
また、曾三異の「因話録」によれば、
子午卯酉五行死処。其属体皆有欠。
子・午・卯・酉は五行の死処なり。その属体みな欠有り。
子・午・卯・酉は五行論でいう「死のスポット」である。そこで、この四支に該当するドウブツは、どれこれも欠損した部分がある。
また難しいことを言い出しました。おそらくこういうことです。
「五行論」は「木・火・土・金・水」の五つの要素の変化で世界を説明しようという考え方ですが、この五つの要素を十二支の循環に当てはめると、丑から「木」の季節で、「木」は卯で盛んになりすぎて消滅する。辰から「火」で、「火」が午で盛んになりすぎて消滅する。次に「金」が未からはじまり、酉で盛んになりすぎて消滅する。戌で水がはじまり、子で盛んになって消滅する。「土」は各季の「行」が滅んだ後にしばらく顕現します。これが「土用」。つまり、十二支のうち、子・午・卯・酉は「死のスポット」なので、問題のあるドウブツが当てはめられているのだ、というのです。
なんと、
鼠無胆、兎無腎、馬無胃、鶏無肺。
鼠に胆無く、兎に腎無く、馬に胃無く、鶏に肺無し。
ネズミにはキモが無い。ウサギにはキンタマが無い。ウマには胃袋が無い。ニワトリには肺が無い。
それで、上の四つの支に当てはめられているのだ。
「なるほど。ここまで科学的だとは思いもよりませんでした」
確かに「因話録」という本にはそう書いてあるのだが、わたしがある人から聞いたところでは、
鼠胆在首。非無也。
鼠の胆は首に在り。無きにはあらざるなり。
ネズミのキモは頭部にある。胴体には無いので「無い」と思ってしまったのだが、無いわけではないのである。
と。
これも自分で観察したわけではなくて人から聞いた話だから、信ぴょう性があるであろう。
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明・陳全之「蓬窗日録」世務篇巻一より。すごい科学的です。脱帽しました。わたしもこれぐらい科学的になりたいものですね。ちなみに、後世の評では、「蓬窗日録」の書は
猥雑。
猥(みだ)りにして雑。
わけのわからないことを書いていて統一性がない。
とされていますが、そんなことないですよね。
なお、蛇のところの正解は、
蛇双舌(ヘビの舌は二枚)
でしたー。これは意表を突かれた。さすが。