夫人不暁事(夫人、事を暁らず)(「四朝聞見録」)
今日の飲み会、魚美味かった。年上のおねえさまたちがお祝いをしてくれたのである。

淡水魚は、今日のカツオ、サバなどのどろどろの脂のったのには敵わないであろう。
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南宋の初期に宰相として権勢を揮い、売国的な外交を続けたとして、現代に至るまで批判されている秦檜さまでございますが、ある時、皇后さまが秦檜の奥さまを宮中にお呼びになり、宴会を開いてくれたのでございます。席上、
進淮青魚。
淮の青魚を進む。
淮地方からもたらされた青魚の御馳走が出た。
ぴちぴちと新鮮な高級魚で、美味い。
皇后は秦檜夫人に言った、
曾食此否。
かつてこれを食いしや否や。
「これまでにこのおサカナ、お食いになられたことがありまして?」
夫人は答えた、
食此已久。又魚視此更大且多。容臣妾翌日供進。
これを食うことすでに久し。また魚の視、これより更に大かつ多。臣妾、翌日供進するを容(い)るるや。
「もうずいぶん以前からこのサカナ、お食い申し上げておりますわ。よろしければあたくし、明日、もっと大きいのをもっとたくさん、御寄贈申しあげましょうかしら」
「あら、そう」
皇后さまはなんとなく不機嫌そうに、頷かれた。
夫人帰、亟以語檜。
夫人帰り、亟(すみや)かに以て檜に語る。
奥さまは帰宅されると、すぐに夫の秦檜にこの話をした。
「たいへんお好きそうでしたから、うちに淮南の有力者から寄進されてきて生け簀にいるのを、何匹か差し上げようと思いますの」
これを聴いて、
檜恚。
檜恚(いか)れり。
秦檜は激怒した。
そして言った、
夫人不暁事。
夫人、事を暁(さと)らず。
「女は、物事を何も理解しておらん!」
これは名言・・・あ、いや、なんという不遜なコトバでありましょうか。うーん、チャイナの賢者たちがこんな間違ったこと言うはずないから、文字の間違いかなんかあるんじゃないですかね。
翌日、秦檜夫人は宮中に参上し、
易糟鯇魚大者数十枚以進。
易糟の鯇魚の大なるもの数十枚、以て進む。
保存用の酒がすを一回漬けなおしたヤマメの大きなのを数十匹、ご献上申し上げた。
「鯇魚」(かんぎょ)はヤマメの地方名の一つですが、また「草魚」ともいいます。雑草のように、どこでも捕れるつまらない魚、という意味です。つまり、新鮮ではない保存用の、つまらない魚の、しかし、大きいのを大量に献上したわけです。
皇后は笑っておっしゃった、
我便道是無許多青魚、夫人誤耳。
我がすなわち道うは、これ、許多(あまた)無きの青魚なり、夫人誤まてるのみ。
「わたしが申し上げたのは、こんなに多くいるはずの無い青い魚のことでしたの。奥さま、お間違いでございますわよ」
おほほほほ。
たいへんご機嫌うるわしかったそうである。
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宋・葉紹翁「四朝聞見録」乙集より。さすがは秦檜さま、みんなをシアワセにしてくれました。それに比べて女の方は・・・あ、いや、文字の間違いかなんかなのです。少なくとも今日のおねえさまたちは分別もあられ、秦檜など、ぼいいいん、とやっつけて、物の数ではないことでございましょう。