馬上偶吟(馬上にたまたま吟ず)(「東瀛詩選」)
その人の、詩は温雅にして称すべきであった、という。

これが三年ぐらい前の作風ですが、なにものかに追われて怯えているような影がある・・・わけないか。相変わらず緊張感ありません。
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赤羽橋辺暮笛声、三縁山下遠人情。
赤羽橋辺暮笛の声、三縁山下遠人の情。
赤羽橋は芝の赤羽橋です。三縁山はそのまま、「三縁山増上寺」のことでしょう。
赤羽橋のあたりで、夕暮れに笛を吹く音を聴いた。(その哀切な曲は、そのまま)三縁山のふもとの、(郷里から)遠いところにいるおれの気持ちだ。
もちろん李白の「春夜洛城に笛を聞く」
誰家玉笛暗飛声、散入春風満洛城。此夜曲中聞折柳、何人不起故園情。
誰が家の玉笛ぞ、暗に声を飛ばすは。散じて春風に入りて洛城に満つ。この夜曲中に「折柳」を聞く。何ぴとか故園の情を起こさざらん。
どこのおうちの玉の笛かいな、夜闇に声を飛ばしてくるのは。春風に散り入って洛陽の町中に広がっていく。
今夜その曲の中に、別れのうた「楊柳を折りまして(あなたに贈る)」が入っておったわい。(それを聴いて、別れてきた)ふるさとを思い出す気持ちを持たないやつがいるだろうか。
を踏まえています。なお、李白という人は「流行歌」を作っていたのであって「現代詩」を作っていたわけではありません。感傷的で西洋思想的な強靭性に欠けるとか、人民の側に立った革命思想が無い(ほんとに文化大革命のころはそう批判されていたんです)とか、個人としての視座に欠けるわねとか批判してはいけませんよ。
閑話休題。
この人は、三田のあたりにいたのです。おそらく、旧薩摩藩三田屋敷ではないでしょうか。何をしにきたかというと、明治四年に御親兵というやつになって薩摩から出てきて、この時期、警察制度を創っていたみたいです。それにしてもこのあたりに鉄道を通そうとは、大隈の陰謀許さん!とか思っていた・・・若いころもあったなあ、わしも老成したなあと思い出していたかも。
郷関路隔三千里、歳歳天涯算駅程。
郷関は路を隔つること三千里、歳歳天涯に駅程を算(かぞ)う。
郷里の鹿児島とは三千里の道を隔てており、毎年毎年、おれは天の涯の東京の町で、何泊すれば帰れるか数えているのだ(が、なかなか帰る機会がない)。
東京・鹿児島間は、スマホで調べるとすぐ出ますが、東名→名神→山陽縦貫→九州自動車道で1350キロ、鉄道路線で約1450キロ、だそうです。三千里を日本里で計算すると1万2000キロになりますが、いわゆるチャイナ里(現代)だと1里=500メートルですから、三千里≒1500キロで、だいたい正解だ。すばらしい。
遠いのも遠いですが、下手に還ると私学校に連れ込まれるとやばいし、拷問されるともっとやばい。
作者は龍泉・川路利良(1834~1879)、「客中作」(「旅の途中にて」←流行歌ぽくていいですね)
其生平固以長槍大戟立功名、非倚毛錐子作生活者。然、性嗜吟詠、詩亦温雅可誦。
その生平もとより長槍大戟を以て功名を立て、毛錐子に倚りて生活を作す者にあらざるなり。然るに、性吟詠を嗜み、詩また温雅にして誦すべし。
この人の人生は、もともと長い槍やでかいホコを使って功名を立てることにあるのであって、毛を錐にように立てた筆に頼って生活する者ではないのだ。しかしながら、詩歌を唸っていることが大好きで、その作った漢詩もまたおだやかで雅びやか、口ずさむによろしい。
其詩多五七言絶句、想由軍中馬上、興到偶吟、無暇為長篇巨製也。
その詩、五七言絶句多きは、想うに軍中馬上に興到りてたまたま吟じ、長篇・巨製を為(つく)るに暇無きに由るならん。
彼の作った詩は五言・七言の絶句が多い。これは、思うに、彼が軍陣中や行軍の馬の上で、「お、ひらめいた」と偶然に詩心が湧いて作っているので、長い作品や巨大な作品を作っているヒマが無いからなのであろう。
詩は「温雅」(あたたかく、雅やか)だったんですね。勤務時間終わってから都内の視察に回るなど、ぜったいワーカーズホリックでかなりパワハラで、部下になったらどうしよう、と思うところもあります。大久保甲東暗殺情報を入手しながら「石川県人為すべからず」と相手にしなかったというエピソードなど聞くと、怒られそうで情報入れに行けません・・・てことはなかったのかなあ。
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清・兪樾編「東瀛詩選」巻三十四より。日本から清に作品を送って、大先生に選んでもらって選集に載せてもらう、というビジネススタイルは考えた人はすごいです。ちなみに川路龍泉は、プロの漢詩人である長三洲と岡千仞の間に入っており、かなりいい位置づけです。
むかし肝冷道人時代に明治漢詩人を少しづつ紹介していたころに「龍泉詩集」からいくつかご紹介したことがあるのですが、今回あるところで川路の話をすることになって「龍泉詩集」探しても部屋の地層の下の方なのかマントル対流に入ってしまったのか、出て来ないんです!(涙)「そうだ、「東瀛詩選」にいくつか入ってたはずだから、それ引用して対処しとけ」と思いついて、東瀛詩選も危なかったが出てきましたので助かった。相変わらず逆境に強いぞ!