師頭落也。(師の頭落ちたり)(「碧巌録」)
なかなかうまくいきません。早く首が落ちてしまえばいいのですが・・・。

「クビを落として欲しいのかのう・・・」このひとはヤバイぞ。
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黄巣の乱が終わった直後、唐の末のころのことですが、修行僧が一人、巌頭全豁和尚のところにやってきた。
和尚は問うた、
什麼処来。
什麼(しま)処より来たれる。
「どこから来たんじゃ?」
僧は答えた、
西京来。
西京より来たれり。
「長安からまいりました」
「長安は黄巣に占領されて大変だったそうじゃな。
黄巣過後、還収得剣麼。
黄巣過ぐるの後、また剣を収得せるや。
黄巣が去って行った後で、やつの宝剣を拾ったか」
来ました。禅問答です。
僧は答えた、
収得。
収得せり。
「拾いました」
この僧、相当の手練れです。
巌頭引頸近前、云喝。
巌頭、頸を引きて近前し、云う、「喝」と。
巌頭和尚は首を伸ばして僧侶の目の前まで近づけると、言った。
「さあ!」
宝剣を持っているなら、斬ってみろ!
僧はすかさず言った。
師頭落也。
師、頭落ちたり。
「今、お師匠の首は落ちました。ぽろり」
「わはははは」
巌頭呵呵大笑。
巌頭、呵呵大笑す。
巌頭は「がははは」と大笑いした。
(ああよかった)
と僧はほっとした・・・はずです。
しかし、
大笑還応作者知。
大笑、還ってまさに作者知るべし。
大笑い。それは一体何故なのか、できるやつにしかわからない。
と申しまして、大笑いは「ユー、オーケー」なのか「ユー、こわい」なのかわからないのです。芸能界ならシゴトがもらえるかどうかでわかるのかも知れませんが、禅僧の間ではよくわからない。―――何やら不安で、だんだん悩み始めた。
僧、後に福建に赴き、巌頭の兄弟弟子である雪峰義存のところに至った。
雪峰は訊いた。
什麼処来。
什麼処(しましょ)より来たれる。
「どっから来たんじゃ?」
僧は答えた、
巌頭来。
巌頭より来たる。
「巌頭和尚のところから来ました」(わからないことがあって・・・)
「ほう、あいつのところからか」
雪峰は、訊いた、
有何言句。
何の言句かある。
「あいつとは、何か話したか?」(なにがわからないのじゃ?)
「こんなことが・・・」
僧挙前話。
僧、前話を挙(こ)す。
僧は、以前のことを話した。
「そこで大笑・・・」
話が終わる前に、
雪峰打三十棒、趕出。
雪峰三十棒を打ちて、趕出す。
雪峰は棒で三十発殴った上で、追い出してしまった。
―――わしは何故殴られるのだ? わしがダメ人間だからなのか?
「はいはい、何故でしょうね」
北宋・雪竇重顕の頌古に曰く、
三十山藤且軽恕、得便宜是落便宜。
三十の山藤、しばらく軽恕せよ、便宜を得るはこれ便宜に落つるなり。
三十発、山で拾ってきた藤の杖でぶん殴られるのも、大したことはないとガマンせい。
お前は、うまいことやれたということで、うまいことやれたことに落ちてしまっているのじゃ。
なるほど。器用にうまいこと切り抜けた、それで巌頭は大笑いして、その自慢の心を取り除けようとしてくれた。それに気づかなかったわしに、雪峰和尚は三十発も殴ってくださって、しかも追い出してくださったのじゃ。
ありがたや。
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「碧巌録」第六十六則より。すかっと殴られてすかっとしましたね。しかし、器用な人は殴ってもらえていいなあ。わしみたいな不器用な人間は殴られ方が足らないのか、この年になってもまだ進歩しません。まだ現世のことで困っているのだ。