一代循吏(一代の循吏なり)(「籜廊琑記」)
えらいひとたちに、任せておけば安心だ。

うまいこと行っている、と思いますよ。えらい人の周りは。
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清の時代のことですが、趙申喬というお役人が河南・商邱の知事をしておられたときのことです。
忽召快胥某。
忽ち快胥の某を召す。
「快胥」は役所のお使い番をするような下っ端のやつです。
知事は、突然、雑務係の某を呼び寄せた。
「なんでございましょう」
知事は、通知書を一通入れた文筒を手渡すと、
爾出郡西門、持此赴水池鋪。
爾、郡の西門を出でて、これを持して水池の鋪に赴け。
「おまえさん、町の西門を出てもらってな、これを持って、池があるじゃろう、あのほとりのあずまやのところまで行ってくれんか」
「あい」
遇有肩負連嚢、疾足如公差状者、投之、聴其作何言語、速来告予。
肩に連嚢を負いて疾足すること公差の状の如き者有るに遇えば、これを投じ、その何の言語を作すやを聴きて、速やかに来たりて予に告げよ。
「肩に、つなぎ合わせた二枚の袋みたいなのを掛けたバッタみたいなやつが、速足で、公けの知らせを運ぶ飛脚のように通るはずじゃから、そいつにこの書面を渡して、そのひとが何を言うかを聞いて、すぐにわしに知らせに来てほしいんじゃ。よいか」
「あい」
雑務係は字が読めないのですが、そいつに伝言を頼むのではなく、文書を伝達させるのですから、文書主義が徹底していたようです。現代の日本と比較してどうたらこうたら。
雑務係は、(他の職員もそうであったが)趙知事の命令を聞くのが好きです。趙知事の命じる仕事をするのが楽しいので、二つ返事で引き受けると、事情も聴かずに、言われたとおり、西の郊外にある池のほとりのあずまやのところに来た。
俟至旁午、果如公言、踉蹌走至。
俟ちて旁午に至るに、果たして公の言の如く、踉蹌として走り至るあり。
待つことしばし、お昼ごろになったかと思うころ、果たして知事の言うとおりの変なかっこうをした人が、速足で走ってきた。
「お待ちくだされ」
胥呈牒。
胥、牒を呈す。
雑務係は、そのひとを呼び止めて、文筒から出した書面を見せた。
そのひとは立ち止まり、その書面に目を通すと、笑って言った。
是矣。帰語爾県主。雖然我終要饒他一頓飯。
是なり。帰りて爾の県主に語れ。然りといえども我ついに他(かれ)の一頓飯を饒せんことを要(もと)む。
「わかった・・・と、戻っておまえさんのところの知事さんに伝えてくれ。とはいえ、あいつに弁当ぐらいは食わせてもらいたいものじゃな」
「あい」
その返答を文書で寄こせ、とは言いませんでした。文書主義が徹底していない?のでしょう。
胥帰致稟。
胥、帰りて稟を致す。
雑務係は、役所に戻って、報告を行った。
「弁当を食わせろ? うーん、そうかそうか」
文書でもらって来なかったのか、とは責めませんでした。文書主義が徹底していない?のでしょう。
公広招城中紳戸之豊裕者、造飯、遍鋪郭城。
公、広く城中の紳戸の豊裕なる者を招き、飯を造らせ、郭城に遍鋪せしむ。
知事は、郡城中の自由人の中からお金持ちを広く呼び集め、寄付を募って飯を炊かせた。その飯を城内のあちこちに敷き詰めるようにばらまかせたのである。
甫訖、飛蝗蔽天而来。
甫(はじめ)て訖(おわ)るに、飛蝗天を蔽いて来たる。
その作業がおわったまさにその時、突然空が暗くなった。見上げると、イナゴの大群が空を覆うように飛んできたのだ。
「うわー」
みんな家の中に隠れ、窓や入口の隙間を紙を貼りつけたりして塞ごうとした。
イナゴは、容赦なく町に舞い降りてくると、町中にばらまかれたごはんを食べ始めた。
むしゃむしゃ・・・といような優しい食い方ではございません。
餐飯声風馳雨驟、頃刻倶空、遂飛去。
餐飯の声、風馳雨驟なるも、頃刻にして倶に空、遂に飛び去る。
ごはんを食べる音は、風が吹き荒れ、土砂降りの雨が地を叩くような激しいものでしたが、しばらくするとすべて食べ終わったらしく、とうとう飛び去って行ってしまった。
調べてみたが、
禾黍一無所傷。
禾黍には一も傷つくるところ無し。
郊外や城内のイネやキビには、一つも傷さえついていなかった。
メシだけ食って去って行ったのである。
公一代循吏、為令日、神異事頗多。
公、一代の循吏なれば、令たるの日、神異の事すこぶる多かりき。
趙知事は当時を代表する名官僚であった。知事の任期の間に、こんなふうに神秘的で不思議な事件がたいへん多くあった。
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清・王守毅「籜廊琑記」巻五より。現代では県知事も市長も✕✕議員も、みんなわれわれ人民が選べますから、みんな聖人のような方ばかり選ばれるんだろうなあ。不思議な事件ばかり起こっているんだろうなあ。