麒麟不至(麒麟至らず)(「史記」)
なぜ過去形かというと午前~午後だいぶん寝たので今は普通に眠い程度だからです。

それでもまだ非常に眠いでちゅー。
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麒麟なんかふつう来ないだろう、と思うのですが、来ないには理由があったんです。
紀元前六世紀、孔子は、亡命した先の衛の国で用いられないので、さらに西の晋の国に入って重臣の趙簡子に面会しようとした。
至於河、而聞竇鳴犢、舜華之死也。
河に至りて、竇鳴犢、舜華の死を聞けり。
黄河まで来たところで、賢者・竇鳴犢(とうめいとく)と舜華(しゅんか)が死んだというニュースを聞いた。
「ああ」
孔子は、
臨河而嘆曰、美哉水、洋洋乎。丘之不済此、命也夫。
河に臨んで嘆じて曰く、「美なるかな水、洋洋乎たり。丘(きゅう)の此れを済(わた)らざるや、命(めい)なるかな。
河のほとりで嘆いて言った、
「すばらしい眺めではないか、水は豊かに流れて行く。丘(孔子の自称)がこの河を渡らない・渡れないというのもそういう運命だったんだなあ」
高弟の子貢が小走りで駆け寄って、訊いた。
敢問何謂也。
敢えて問う、何の謂いぞや。
「無理にでもお教えください。今の御発言、どういうことですか」
孔子は答えて言った、
竇鳴犢、舜華晋国之賢大夫也。趙簡子未得志之時、須此両人而後従政。
竇鳴徳、舜華は晋国の賢大夫なり。趙簡子いまだ志を得ざるの時は、この両人を須(ま)ちてしかる後政に従う。
「竇鳴犢(とうめいとく)と舜華は晋の国の賢者の大臣として有名であった。
趙簡子も、まだ権力を握る前には、このふたりにいろんなことを聞いて、その後で政治行政を執り行ったものだ。
其已得志、殺之乃従政。丘、聴之也。
その已に志を得れば、これを殺してすなわち政に従う。丘、これを聴けり。
ところが権力の座についてからは、(二人は邪魔になったので)二人を殺して、その後で政治行政を執り行うことにしたわけだ。・・・わたし、丘はこんなことを聞いたことがある」
と言いまして、歌うように語ったことは―――
刳胎殺夭、則麒麟不至郊。
竭沢涸魚、則蛟龍不合陰陽。
覆巣毀卵、則鳳凰不翔。
胎を刳り夭を殺せば、麒麟郊に至らず。
沢を竭くし魚を涸らすれば、蛟龍も陰陽を合せず。
巣を覆(くつが)えし卵を毀(こわ)せば、鳳凰も翔けず。
妊娠している動物のおなかを裂いて「はらご」を取り出して食べたり、まだ生まれたばかりの仔どもを殺して食べてしまうと、町の外に(平和の使者である)キリンはやってこない。
湿地の水をすべて抜き、魚を干上がらせて一網打尽に捕ると、池に潜む水龍は陰と陽とを掻き雑ぜて雨や風を起こすことはない。
鳥の巣をひっくりかえし、タマゴを奪ってしまうと、鳳凰は飛んでこない。
何則君子諱傷其類也。鳥獣之於不義也、尚知辟之、況乎丘哉。
何すればぞすなわち君子はその類を傷めるを諱む。鳥獣の不義におけるや、なおこれを辟(さ)くるを知れり、いわんや丘をや。
何故であろうか。君子(よき人)は自分の仲間を傷つけることを(されると)非常に嫌がる。鳥や動物(や魚)でさえ、不正義な振る舞いをする人を避けようとするのだ。この孔子さまがそれ以下の振る舞いができようか。
賢者を誅すような人のところに賢者のわたしが行くわけにはいかないではないか。同じように誅されるか、賢者でないように振る舞うか、しかしようがなくなるのだから。
乃反乎衛。
すなわち衛に反れり。
そこで、衛の国に戻った。
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「史記」巻四十七「孔子世家」より。トンカツも牛丼も食う世の中です。キリンなんか現われるはずありません。だがクマは来るのだから不思議です。
若い世代にこそキリンみたいなやつもいることでしょう。クマみたいなやつも。