偶有之耳(たまたまこれを有するのみ)(「舌華録」)
だからうちは積んであるだけなんです。

おれたち本屋としては、たまたま買ってもらえれば結構、どんどん積んどいて。
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宋の時代のこと、陳元忠というひとが広州の南海県から、
赴省試、過南安。
省試に赴き、南安を過ぐ。
中央で試験を受けるために、南安の町を通った。
しかし、
会日暮、投宿野人家、茅茨数椽、竹樹茂密可愛。
日暮に会し、野人家の、茅茨数椽なるも、竹樹の茂密して愛すべきに投宿す。
城内に入る前に日が暮れてしまい(城門が閉ざされてしまったので、)郊外にある田舎の人の家で、茅葺きで柱が数本(つまり家が狭い)しかないが、まわりに竹や樹木が茂って感じのいいうちに泊めてもらった。
この「野人」は単に「田舎者」です。昨日のような超人的な「野人」ではありません。
主翁雖麻衣草履、而挙止談対、宛若士人。
主翁、麻衣にして草履といえども、挙止・談対、あたかも士人のごとし。
家の主のじいさんは、麻の衣に草履履き(のどん百姓)であったが、ものを持ち上げたり立ち止まったり、話をしたり返事をしたり、といった行動が、どうみても(陳と同様の)知識人階級のように見えた。
そして、
几案間有文籍散乱。
几案の間、文籍の散乱する有り。
ちらりと見えた机のあたりには、文書や書籍がたくさん散らばっていた。
(隠者かも知れない)
と思って、陳はこころみに訊いてみた、
翁訓子読書乎。
翁、子に読書を訓(おし)うるや。
「じいさんは、息子に書を読むことを教えていなさるのかな?(息子に科挙試験を受けさせるような知識人の家かも)」
じじいは答えた、
種園為生耳。
種園して生を為すのみ。
「いやいや、畑に植物を植えて暮らしを立てておるだけの百姓でござるよ」
亦入城市乎。
また城市に入れるや。
「町の中には(知識階級の知り合いがいるでしょうから)、よく行かれるんでしょう?」
十五年不出矣。
十五年出でざるなり。
「もう十五年ぐらい、町には出かけておりませんぞ」
(うーん)
そこで、訊いた、
蔵書何用。
蔵書何にか用いん。
「たくさん書物をお持ちのようですが、何のためですかな?」
じじいは、にやりと笑って言った、
偶有之耳。
たまたまこれを有するのみ。
「なぜかたまたま持っているだけですじゃ」
試験の帰りにも寄ってみたが、どういうわけかその家を訪ね出すことができなかった。どの家も竹林と屋敷森に囲まれた、よく似た風情の百姓家だったのである。
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明・曹臣編「舌華録」清語第九より。これは、宋代のわたしの家ではありませんか。ちょうどあのあたりに住んでいたからなあ。ずいぶん昔のことですが。
危険なのでみみずを食べるのは止めよう。もちろんヤンバルクイナも。