4月6日 精神力があればできるかも知れない

怨禍不及(怨禍及ばず)(「資治通鑑」)

党人が怨みや禍から逃れることはできるか。資格停止してもらえばいいのかも。

「弱いので見逃してくだちゃい」では済まされない世の中だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

建寧二年(169)、党錮の禁が吹き荒れ、多くの清流官僚(「党人」)が宦官勢力によって死に追いやられた。

この時、清流派の一人と目されていた郭泰は、

聞党人之死、私為之慟。

単に「悲しんだ」ということではなく、秘密に「礼」を以て死者を悼んだ、という意味になります。

そして、親しい者たちに言った、

詩云、人之云亡、邦国殄瘁。漢室滅矣。

但未知瞻烏爰止、于誰之屋耳。

ちなみに、

泰雖好臧否人倫、而不為危言覈論。

「人倫」は「人のともがら」その人がどのレベルの人か区別する、「臧」は「よい」、「危」「覈」はいずれも「激しい」とか「厳しい」「峻厳」という意味です。

故能処濁世、而怨禍不及焉。

努力すればなんとかなるのかも。

・・・・・・・・・・・・・・・・

宋・司馬光編「資治通鑑」巻五十六より。この本を編纂した司馬光自身も、新法党による攻撃を受けて「元祐党人」(旧法党として官界から除名された人)とされていたので、思うところあって書いているはずです。司馬光の死後に新旧両法党の党争は際限無くなっていくのですが・・・。

ホームへ
日録目次へ