4月2日 東京は開花してきました

鼻鼾如雷(鼻鼾、雷の如し)(「山谷題跋」)

宴会で酔っていびきをかいたりすると、「うるさい!」と、叱られたり、顔にマジックで落書きされたりします。今はハラスメントになるのかも知れませんが、むかしはよく書かれたなあ。
今日も非常にえらい人たちのおられる会議があったのですが、居眠りはしようがないとしていびきをかいてしまわないか、心配でした。もしかしたらかいてたかも。

叱られても、なかなか眠気は吹っ飛ばないぞ!また寝てしまったりするぞー!

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建中靖国元年(1101)、長沙に舫った舟の中で、収集家が持ってきてくれたのを、見ました。

これは、確かに、師匠の蘇東坡先生の書いた字である。短い手紙文(「簡札」)のようだ。

東坡居士極不惜書、然不可乞。有乞書者、正色詰責之、或終不与一字。

元祐中鎖試礼部、毎来見過、案上紙不択精粗、書遍乃已。

その時に、先生の字は飽きるほど見たから、今回見せられたのが先生の自筆であること(真筆)ぐらいはわかります。

先生は、

性喜酒、然不能四五龠、既爛酔、不辞謝而就臥、鼻鼾如雷。

少焉蘇醒、落筆如風雨。

その間、

雖謔弄皆有義味、真神仙中人。此豈与今世翰墨之士争衡哉。

今日、見せてもらったところの

東坡簡札、字形温潤、無一点俗気。今世号能書者数家、雖規摹古人、自有長処、至于天然自工、筆円而韵勝、所謂兼四子之有以易之、不与也。

苦しい訳ですが、こうとしか解釈できないんですよねー。「四子」を「文房四友」と解して訳してみましたが、これは実は、違うもの(例えば当時の名筆四人組とか)を指しているのかも知れません。

同観者、劉観国、王霖、家弟叔向、小子相。

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宋・黄庭堅「山谷題跋」巻五「題東坡字後」。お酒は好きだけど微量で酔って、寝てしまう・・・ここまでは肝冷斎と同じなのですが、肝冷斎が醒めたあと、たいへん鬱と頭痛に悩まされるのに対して、東坡先生は風雨のように字を書いた、とは。下戸の風上にも置けませんね。

なお、東坡先生はこの年、恩赦を受けて海南島から呼び戻されるのですが、都・開封に至る途中で亡くなっています。九月に亡くなるので、五月はまだ生きています。

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