4月2日 悪の書物とは歌麿さんの書いたやつ?

随喜讃嘆(随喜し、讃嘆す)(「竹窓随筆」)

随喜したり讃嘆したりすると気持ちいいと思います。どんなときに随喜したり讃嘆したりできるものなのでしょうか。

随喜は〇〇〇〇のときにするのでは?讃嘆は「Oh!Utamaro!」だぜ。

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今は明代ですが、おまえさんは、毎日毎日、

見人飭躬立徳、名称頗聞、便多方求覔其過。

「飭」(ちょく)は、「力を入れてものを固める」意です。そこから、「ただす」とか「ととのう」と訓じます。「名称」は「名の称えらるること」「よい評判」です。

そんなことをしていませんか。

此忌心也。薄道也。

或見人有所著述、其求過也亦然。

おまえさんがもしそんなことをしているとしたら、

不知、聞一善行、覧一好書、皆当随喜讃嘆、而反掩之滅之、是誠何心哉。

説教がうるさくなってきましたので、

「でも、世の中にはひどい人もいるし、ひどい本もあるではないですか」

と反論してみた。

「も、もちろん、悪いのもありますぞ」と少し弱気になったみたいで、

若果行係偽行、書係邪書、自応正言公論、明斥其非。又不当半褒半譏、依阿進退。

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明・雲棲袾宏「竹窓随筆」より。人の善行や著書を見たら、随喜讃嘆しなければいけません。あらさがしなど以ての外じゃ!と雲棲禅師はおっしゃっています。後の方では偽行・邪書ははっきり批判しろ、と言い出していますが、これは人や本の過ちを探し求めているのと何が違うのか。修行したらわかるのかも。・・・まあ文句ばかりつけずに、雲棲禅師のことばをじっくり味わってみてください。人を粗さがしして悪いところばかり見ていてはいけないんです。しかし、悪には決然と怒らねばならない・・・と取っていただければ。
世の中には、こんないい本も出てるみたいです。

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