有赤心耳(赤心の有るのみ)(「資治通鑑」)
先々代あたりの肝冷斎が「開元天宝遺事」をもとに一部をお話したことがあるかと思うのですが、すでに散佚しておりますので、はじめてご紹介するふりをしてお話しましょう。前回の講話の時も、みなさんから「たいへん勉強になった」「サラリーパーソンのバイブル的存在」などとお褒めの言葉もいただいております。

ぶた、というだけで愛らしい上に、ギターを弾いたりしたらたいへんな寵愛を受けることであろう。
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天宝六年(747)春正月、范陽平廬節度使・安禄山に中央の官である御史大夫(検察次長)を兼ねさせることとした。さて、
禄山体充肥、腹垂過膝。
禄山は体充肥し、腹垂れて膝を過ぐ。
安禄山というひとは、体が充実肥満しており、おなかが出て、これが垂れ下がって、立ったときに膝を過ぎるほどであった、という。
ふとっていたのです。どれぐらい肥っていたかというと、
嘗自称腹重三百斤。
嘗て自称するに腹の重さ三百斤なり、と。
以前、自ら、「腹の重さは180キログラムですじゃ」と言っていた。
一斤≒600グラムで計算しました。これ、「腹の重さ」だけですから、全体重は300キロぐらいあったかも知れません。
こんなに肥っていては自己管理能力がない「愚物」ですから、辞めさせないといけません。
ところが、
外若痴直、内実狡黯。
外は痴直のごときも、内実は狡黠(こうけつ)なり。
外面はオロカな正直者を装っていたが、内実は狡(ずるがし)こく、黠(わるがしこ)かった。
ふ、肥っているのにかしこい? すごいですね。もし痩せていたらどれほどの賢者であったことか。
常令其将劉駱谷、留京師、詗朝廷指趣、動静皆報之。
常にその将・劉駱谷を京師に留め、朝廷の指趣を詗(うかが)い、動静みなこれに報ず。
いつもその部将・劉駱谷を都・長安に駐留させ、朝廷の方向性や趣味などを伺わせ、動向をすべて報告させていた。
と、情報収集にも油断なかったのです。
禄山在上前、応対敏給、雑以詼謔。
禄山、上の前に在りて、応対敏急にして、雑うるに詼謔を以てす。
安禄山は、皇帝(玄宗皇帝です)の前にあっては、対応が機敏で急で、可笑しみも交えるのであった。
たとえば・・・・
上嘗戯指其腹曰、此胡腹中何所有、其大乃爾。
上かつて戯れにその腹を指して曰く、この胡腹中何の有るところぞ、その大いなること爾(しか)なる、と。
皇帝があるとき、ふざけながら安禄山の腹を指さして、
「このえびすの腹の中には何が入っていて、その大きさがこんなになってしまっているのじゃ?」
とお訊ねになった。
禄山、こたえて言った、
更無余物、正有赤心耳。
更に余物無し、まさに赤心有るのみ。
「ほかに何かがあるわけではございません、ただ真っ赤な忠義の心が入っているばかりでございます」
「そうであったか」
上悦。
上、悦ぶ。
皇帝はたいそうお悦びになられた。
また、
嘗命見太子、禄山不拝。左右趣之拝、禄山拱立。
嘗て命じて太子に見(まみ)えしむるに、禄山拝せず。左右これに拝を趣(うなが)すも、禄山拱立するのみなり。
あるとき、禄山に命じて、皇太子(後の粛宗皇帝)に面会させた。すると、禄山は拝礼をしようとしない。周囲の者たちが拝礼するよう促したが、禄山は手を腹の前で組み合わせたまま突っ立っているのである。
「どうしたのじゃ」
禄山は言った、
臣胡人、不習朝儀、不知太子者何官。
臣胡人、朝儀を習わず、太子なるもの何の官たるやを知らず。
「やつがれはえびすの田舎者、朝廷の儀礼はとんとわかりませぬ。「太子」というのはいったいどのようなお役職の方でございましょうか」
帝はおっしゃった、
此儲君也。朕千秋万歳後、代朕君汝者也。
これ儲君(ちょくん)なり。朕の千秋万歳の後、朕に代わりて汝に君たる者なり。
「これは跡継ぎじゃ。わしも千年万年経てば必ず死ぬから、その後でわしに代わってお前に君臨する者じゃぞ」
禄山は言った、
臣愚、曩者惟知有陛下一人。不知乃更有儲君。不得已、然後拝。
臣愚なれば、曩(さき)にはただ陛下一人の有るを知るのみ。知らずすなわち更に儲君有ると。已むを得ずして、然る後拝す、と。
「やつがれはオロカ者でございますれば、さっきまでは、(忠義の向かうところは)陛下ただお一人しかない、と思っておりました。もうお一人、跡継ぎさまがおられるとはとんと知らなんだのでござります。仕方がございませんので、これからは拝礼させていただこうと存じます」
そう言って、小さく拝礼した。
「うんうん、そうであったか」
上以為信然、益愛之。
上、以て信(まこと)に然りと為し、ますますこれを愛す。
玄宗皇帝は、その言葉をまことにそのとおりと評価され、ますます安禄山を寵愛されたのであった。
うーん、勉強になった。こんなふうにやらんといかんのですぞ。
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宋・司馬光「資治通鑑」唐紀より。こんなに役に立つとは、安禄山先生に新入社員研修で講演でもしてもらった方がいいかも知れんぞ・・・というおえら方が出るかも知れません。でも、こんなことやっていたら皇太子には睨まれることになります。陛下万歳の後はやばくなりますから、謀反起こすしかなくなります。それでもよろしければ。