南面王楽(南面の王の楽しみ)(「荘子」)
このひと、ふざけて言っているわけではないと思うのですが、おもしろいですよね。

おれたちカメは万年の間に考えればいいことでカメ。
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荘子之楚、見空髑髏。髐然有形、撽以馬捶、因而問之。。
荘子、楚に之き、空なる髑髏を見る。髐然(こうぜん)として形有り、撽(う)つに馬捶を以てして、因りてこれに問う。
「髐然」(こうぜん)は野ざらしの骨のようにからからに乾いている、という意味の形容詞です。ですから、ここでは同語反覆みたいになりますね。
わたくし荘子が楚に行くことになった。その道中で、肉も毛もないドクロを見つけた。骨だけのからからで、形だけは遺ったドクロである。わたくし、馬用のムチでこれを叩いて声をかけた。
ぽん、ぽん、ぽん。
夫子貪生失理、而為此乎。将子有亡国之事、斧鉞之誅而為此乎。将子有不善之行、愧遺父母妻子之醜而為此乎。将子有凍餒之患而為此乎。将子之春秋、故及此乎。
それ、子は生を貪り理を失いてこれを為せるか。はた、子は亡国の事、斧鉞の誅有りてこれを為せるか。はた、子は不善の行い有りて父母妻子の醜を遺す愧じてこれを為せるか。はた、子は凍餒(とうたい)の患有りてこれを為せるか。はた、子の春秋のことさらにこれに及べるか。
ああ! おまえさんは生きる歓びを貪って、人体のバランスを失ってこうなったのか。(⇒病死)
それとも、おまえさんは国家の滅亡や斧・まさかりによる刑罰を受けてこうなったのか。(⇒刑死)
それとも、おまえさんは善からぬことをしてしまい、両親や女房子どもに軽蔑されるのがいやでこうなったのか。(⇒自殺)
それとも、おまえさんは凍えたり飢えたりの苦しみのせいでこうなったのか。(⇒餓死)
それとも、おまえさんの年齢がどうしてもこうなるまでになったのか。(⇒老衰)
ぽん、ぽん、ぽん。
於是語卒、援髑髏、枕而臥。
ここにおいて語卒(おわ)り、髑髏を援(ひ)きて枕して臥せり。
以上の言葉を終えたところで、ドクロを引き寄せて、それを枕にして寝た。
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(おい!)
むにゃむにゃ。
(おい! 起きろ!)
むにゃむにゃ、にゃんですかいにゃ。
(わしじゃ、ドクロじゃ!)
夜半髑髏見夢曰、子之談者似弁士。諸子所言、皆生人之累也。死則無此矣。子欲聞死之説乎。
夜半、髑髏、夢に見(あら)われて曰く、子の談は弁士に似たり。諸(もろも)ろの子の言うところは、みな生人の累なり。死すればすなわちこれ無し。子は死の説を聞かんと欲するか。
夜中に、ドクロがわたくし荘子の夢に現れて、言った。
「おまえさんの言葉は、まるで弁説の士のようじゃな(。わしを論破しようとしてもそうはいかんぞ)。おまえさんの言っていることは、すべて生きている人間の方の苦労のタネばかりだ。死んでしまうとそんなものは無くなってしまう。どうかね、おまえさんは、死者の側からの説を聴く気はあるかね」
荘子は言った、
然。
然り。
「そうだな」
ドクロは言った、
死無君於上、無臣於下、亦無四時之事、従然以天地為春秋。雖南面王楽不能過也。
死すれば上に君無く、下に臣無く、また四時の事無く、従然(しょうぜん)として天地を以て春秋と為す。南面の王の楽しみといえども、過ぐる能わざるなり。
「死んだら主君など上司はいないのだ。下積みの部下もいないのだ。四季のめぐりも無(く、それに応じた労働も無)くて、大きな気持ちで、天地と日々をともにするのだ。南に向かって座って世界を支配する王者の楽しみも、これにまさることはできない」
ええー!!! 会社も仕事も試験も学校も病気もない墓場の鬼太郎みたいな生活ができるんだって!?
荘子不信曰、吾使司命、復生子形、為子骨肉肌膚、反子父母妻子、閭里知識。子欲之乎。
荘子信ぜずして曰く、吾、司命をしてまた子の形を生ぜしめ、子の骨肉肌膚を為(つく)りて、子を父母妻子・閭里の知識に反さしめん。子、これを欲するか。
「司命」は人の生死や運命を司る神さま。楚の地方で信仰されたらしい。
わたくし荘子は信じることができずに言った。
「わしはこれから司命の神さまに、おまえさんの肉体を復活するようにさせてみよう。おまえさんの骨格・筋肉・皮膚を再生させて、おまえさんを親御さんや女房子ども、田舎の友だちたちのところに帰らせてやろう。おまえさんは、そうしたいかね」
司命神に命令できるとは、荘子はすごい権力を持っていることがわかります。本当にそんなことできるなら。
髑髏深矉蹙額曰。
髑髏、矉を深くし、額を蹙(せば)めて曰えり。
ドクロは(ドクロのくせに)眉をひそめ、ひたいをしかめて言った。
吾安能棄南面王楽、而復為人間之労乎。
吾、いずくんぞよく南面の王の楽しみを棄てて、また人間の労を為さんや。
「わしは、どうして、南面して世界を支配する王者の(よりも楽しい)楽しみを放棄して、また人間世界の苦しみを行うことができようか」
以上、夢から覚めたらどうだった、といった落ちも無く、これでおしまい。司命神には放っておいてもらえばいいのですが、輪廻させられたら困ります。
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「荘子」外篇「至楽篇」より。「よし、じゃあ行くか」とたくさんの人が行きました。わしも振り向いて、「あいつらよりは先に行ってやる」とにやにやしております。輪廻させられないようにしないと。