4月12日 今日は昼間雨降った

雨師無頼(雨師無頼なり)(「儒家小誌」)

実際は春雨は役に立っているんだと思いますよ。

子どもはウソなんかつかないんだよ!うっしっし。

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もう花の季節も終わりですね。

日暮雨師無頼甚、声声妨睡滴簷牙。

「無頼」は、役立たずのワルを罵るコトバ、「史記」高祖本紀に曰く、

高祖の九年(前198)、天下を統一して皇帝となった漢の高祖・劉邦は、未央宮を建てて、そこで親父の太上皇を上座に宴会を開いた。

高祖奉玉卮、起為太上皇寿曰、始大人常以臣無頼、不能治産業、不如仲力。今某之業所就、孰与仲多。

「無頼」は本来は「無利」で、収穫が無いことだ、とも、子どもはうそばかりいうので「信頼ができない」の「うそつき小僧」の意だともいうらしいのですが、いずれにせよ役立たずへの悪罵の言葉です。

すると、

殿上群臣皆呼万歳。大笑為楽。

楽しそうでいいなあ。

しかし、今夜はひどい雨だ。

でも、いいや。

今宵縦是損梅尽、応有明朝売杏花。

江戸の町に花売りが来たころの詩ですが、まだウメやアンズのことを言ってます。サクラの季節にさえなってなかった。

もうその季節も終わりです。

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本朝・山本緑陰「春雨」(「儒家小誌」所収)。緑陰は通称・亮助、茶仏老人とも号す、江戸のひと。天保八年(1837)卒す。山本北山の息子です。卒年六十一は数えだから、わたしよりもう若いな。最近こんなのばかり気になりますんじゃ。あんまり役に立たないのに、まだこちらの世におります。

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