4月11日 鬼のようになってみたいものだが

落鑊湯中(鑊湯の中に落つ)(「山谷題跋」)

今日こそは言ってやる! と思ったのだが・・・。

おれたちのように強くなれ。

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北宋の終わりごろのことですが、晃和尚という坊主がいた。

老晃相識三十年。

そのころもう老いぼれみたいなやつだったので、

竊意已落鑊湯中、輸他牛頭阿旁。

「鑊」(かく)は「足のないなべ」、要するに「釜」です。「牛頭」(ごず)は「馬頭」(めず)とともに、地獄の獄卒だぜ。

わしはこのたび左遷されて、河南に行くことになった。

道出葉県、懸馬広教寺中。

そこで、なんと、

見晃、如平生。

まさか、一回も死んでないということはあるまい。

問、渠何術自済、乃能如此。

笑曰、吾飲酒時、十方世界皆同一味。吾喰衆生時、皆令入無余涅槃而滅度之。

だから、

閻老子不管爾口弁。

わしが地獄に行くわけはなかろう、というのである。

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宋・黄庭堅「山谷題跋」巻六「書贈晃師」(書して晃師に贈る)。時にはこんなに強気に出てみたいものですね。だが、現実は・・・。

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