3月31日 明日から新しい週、月、年度だ

忽然撲破(忽然として撲破さる)

月曜日が近づいてまいりました。岡本全勝さんは朝は頭が冴えてるみたいなんですが、肝冷斎は、朝は生死の彼方みたいな状態です。何度も居眠りしてだんだん目が醒めてきて、夜になると文章が書けます。

いつも言っておるが、生死の間に違いなんかないんじゃよ。醒めていると居眠りも一緒なんじゃよ。

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南宋のころのことですが、わたし(周煇)の親父が江東の通運担当になったときの前任が葛謙問先生だった。当時から禅に理解のある士大夫として有名であったが、お会いしてみると、

魁然重厚古君子、宦情世故、皆応以無心、文采外深契禅悦。

後倅毗陵、遇煇以通家子弟。一日見語、人生臘月三十夜、要当了了、方見平生着力処。

「倅」(さい)は、和訓「せがれ」ですが、もとは馬車の添え馬のような「副えるもの」をいい、まだ独り立ちしない部屋住みの息子をいうようになったものです。ただ、宋代だけは「通伴」(副知事)の俗称として使われますので要注意。

「はあ」
そんなことを突然言われてびっくりしましたが、

始意如平時挙葛藤爾。

「葛藤」は「語言」「ことば」のこと。

その数年後、臨川の守令であったとき、

属微疾、忽索筆書偈。

大洋海裏打鼓、須弥山上聞鐘。業鏡忽然撲破、翻身透出虚空。

高次元に脱けていきますよ、と言ってます。

召僚吏示之曰、生之有死、如昼之有夜、無足恠者。

若以道論、安得生死、若作生死会、則去道遠矣。

「はあ」

と部下は言うしかないような気がいたしますが、

語畢、端座而逝。

淳煕八年(1281)のことです。
最期に書かれた「偈」を見ると、

筆勢遒勁、其家版行。超脱如此。

「遒」(しゅう)も「勁」(けい)も「力強い」の意。

蘇東坡が陶淵明の「自祭の文(自分で自分の霊前に捧げる言葉)」を論じて云ったそうだ。

出妙語於絋息之余、豈渉生死之流哉。

そんな川の流れは陶淵明は超越していたのだろう。

煇於葛亦云。

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宋・周煇「清波雑志」巻七より。月曜日ごとに毎週、明日からどうなるんだろうとこんなにドキドキしていたらもちませんよね。しかも月も年度も変わるのだ。入社した人、異動した人など知らない人たちが、すごいぎらぎらした目、憤怒の顔つきで歩き回っているかも知れません。
日月を隔てる川を超越し、毎日が日曜日にならなければならないのでしょう。

なお、葛謙問先生は、名は郯(たん)、信斎居士と号し、「五灯会元」にも出て来る有名な在俗の禅者です。偈の内容など、勝手に解釈して訳していますが、ほんとはしろうとでは太刀打ちできそうもありません。

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