忽然撲破(忽然として撲破さる)
月曜日が近づいてまいりました。岡本全勝さんは朝は頭が冴えてるみたいなんですが、肝冷斎は、朝は生死の彼方みたいな状態です。何度も居眠りしてだんだん目が醒めてきて、夜になると文章が書けます。

いつも言っておるが、生死の間に違いなんかないんじゃよ。醒めていると居眠りも一緒なんじゃよ。
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南宋のころのことですが、わたし(周煇)の親父が江東の通運担当になったときの前任が葛謙問先生だった。当時から禅に理解のある士大夫として有名であったが、お会いしてみると、
魁然重厚古君子、宦情世故、皆応以無心、文采外深契禅悦。
魁然・重厚なる古君子にして、宦情世故、みな応じるに無心を以てし、文采外にして深く禅悦に契す。
大柄で重厚な古風な君子で、役人生活の機微や世間との付き合いなど、すべて「無心」で対応しておられ、外面は立派なのだが、内面では深く禅のよろこびを知っておられた。
後倅毗陵、遇煇以通家子弟。一日見語、人生臘月三十夜、要当了了、方見平生着力処。
後、毗陵に倅するに、煇を遇するに通家の子弟とす。一日見語するに、「人生の臘月三十夜、了了に要当するに、まさに平生の着力の処を見ん」と。
「倅」(さい)は、和訓「せがれ」ですが、もとは馬車の添え馬のような「副えるもの」をいい、まだ独り立ちしない部屋住みの息子をいうようになったものです。ただ、宋代だけは「通伴」(副知事)の俗称として使われますので要注意。
その後、わたしが毗陵の副知事だったときには、わたし(煇)を代々付き合いのある家の子弟として待遇していただき、あるときはお会いした時にこんなことをおっしゃった。
「人生の十二月三十日(当時は三十一日はありません)の夜になって、すべてを終わらせまとめる時には、普段何に力を入れてきたがよくわかるものですぞ」
「はあ」
そんなことを突然言われてびっくりしましたが、
始意如平時挙葛藤爾。
始意は平時の葛藤を挙ぐるが如きのみ。
「葛藤」は「語言」「ことば」のこと。
そんなことを言い出したお気持ちは、普段から言っていることをわたしにも語られたというだけのことだったようです。
その数年後、臨川の守令であったとき、
属微疾、忽索筆書偈。
微疾に属して、忽ち筆を索(もと)めて偈を書す。
少し体調が悪いのを理由に、突然筆を持ってこさせて、宗教的な詩を書いた。
大洋海裏打鼓、須弥山上聞鐘。業鏡忽然撲破、翻身透出虚空。
大洋海裏に鼓を打ち、須弥山上に鐘を聞く。業鏡(ごうきょう)忽然として撲破され、身を翻して虚空に透出せん。
大いなる海の中で、太鼓を打っていた。
時には、須弥山の上で鐘の音を聞いていた。(いずれも壮大とはいえ、この世の中のことである)
過去の業(カルマ)の結果としてこのように生きてきたわたしという鏡が、今、突然に打ち割られて、
くるりと一回転、虚空に抜け出ていくぞ!
高次元に脱けていきますよ、と言ってます。
召僚吏示之曰、生之有死、如昼之有夜、無足恠者。
僚吏を召してこれを示して曰く、生の死有るは昼の夜有るが如く、恠(あや)しむに足るもの無し。
スタッフやラインの部下を呼び集めて、この偈を示して言った、
「生きたら死ぬ、のは、昼の次は夜、というようなことなので、不安に思うようなことでは全くないんじゃ。
若以道論、安得生死、若作生死会、則去道遠矣。
もし道を以て論ずれば、いずくんぞ生死するを得ん、もし生死の会を作せば、すなわち道を去ること遠きかな。
真理の方から考えれば、生きたり死んだりは、していない。生きたり死んだりとはどういうことかを理解しようとすれば、真理を遠く離れてしまうことになるぞ」
「はあ」
と部下は言うしかないような気がいたしますが、
語畢、端座而逝。
語畢りて、端座して逝けり。
その言葉が終わったときには、先生はもう正座されたまま亡くなっていた。
淳煕八年(1281)のことです。
最期に書かれた「偈」を見ると、
筆勢遒勁、其家版行。超脱如此。
筆勢遒勁(しゅうけい)にして、その家版行す。超脱かくの如し。
「遒」(しゅう)も「勁」(けい)も「力強い」の意。
筆勢はたいへん強く、遺族はそのまま木版印刷して出版した・・・ほどだったそうです。先生が生死を超越しておられたこと、このようであった。
蘇東坡が陶淵明の「自祭の文(自分で自分の霊前に捧げる言葉)」を論じて云ったそうだ。
出妙語於絋息之余、豈渉生死之流哉。
妙語を絋息の余に出だす、あに生死の流れを渉らんや。
すばらしいコトバを途絶えそうな息の中で出すことができるとは、生死を隔てる川の流れを渡るような人ではないのだろう。
そんな川の流れは陶淵明は超越していたのだろう。
煇於葛亦云。
煇は葛において亦云わん。
わたし周煇は、葛先生についても、おなじことを申し上げたいと思う。
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宋・周煇「清波雑志」巻七より。月曜日ごとに毎週、明日からどうなるんだろうとこんなにドキドキしていたらもちませんよね。しかも月も年度も変わるのだ。入社した人、異動した人など知らない人たちが、すごいぎらぎらした目、憤怒の顔つきで歩き回っているかも知れません。
日月を隔てる川を超越し、毎日が日曜日にならなければならないのでしょう。
なお、葛謙問先生は、名は郯(たん)、信斎居士と号し、「五灯会元」にも出て来る有名な在俗の禅者です。偈の内容など、勝手に解釈して訳していますが、ほんとはしろうとでは太刀打ちできそうもありません。