3月27日 休みまであと二日もあるとは

不廃吟詠(吟詠を廃さず)(「郎潜紀聞」)

ふがふが。

お年寄りは、この世の秘密はだいたいわかったという人もいるのである。

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進士鮮有至六十年者。

例えば、

康煕己未進士至乾隆己未猶在、有両人焉。

一人は山東・益都の趙秋谷、もう一人は黄岡の王西潤である。

時西潤年八十有七、而秋谷亦年将八十矣。王重聴、趙失明、両公耳目各廃其一、而皆不廃吟詠云。

これはほめているんですよ。

趙秋谷についてはこんな話もあります。その前年の戊午の年のこと、

黄崑圃先生が山東の布政使として赴任した。

黄素重秋谷者、会益都令某拝謁、語之。

曰く、

趙秋谷先生、君管内人也。其詩文甚富。蓋請於先生、持其草以来。

と丁寧に頼んだのであるが、

令帰、即遣一隷持牒往。

「なに? わしの詩文集を指し出せ、じゃと? その文書を見せてみい」

文書には、新任の布政使の命令で、詩文集を一時期借りだしたい旨が書かれていた。

「むむむ・・・」

趙故善罵、得牒益大怒。

「県令は、年寄のところからこんな紙切れ一枚で文集を取り上げるのか!」

詬令俗吏、并及於黄。

このことがよっぽど骨身に染みたらしく、

「本をいただくときはお気持ちに注意しなければならない。お気持ちに逆らうと・・・」

と、

黄親為其門生述之。

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清・陳康祺「郎潜紀聞」初筆巻十より。年寄りを怒らせてはなりません・・・ということはもうありません。老害黙っとれ、と一喝されてしまいます。

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