力挙石臼(力、石臼を挙ぐ)(「後漢書」)
すごい力持ちのお話です。

生きる目的がなにものかのエジキになることだ、という点で、ブタは人に似ているとは言えまいか。
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梁鴻、字・伯鸞は扶風・平陵のひとである。父は新の王莽(在位8~23)に仕え、寧州に赴任している時に死んだ。
鴻時尚幼、以遭乱世、因巻席而葬。
鴻、時になお幼く、以て乱世に遭うを以て、因りて席を巻きて葬る。
このとき、梁鴻はまだ幼く、しかも世の中は新の滅亡とその後の混乱期を迎えたこともあり、おやじの亡骸をむしろで包んで地中に埋めただけで葬式を終えた。
たいへん貧しかったのです。
後、大学で学んだが、
博覧無不通、而不為章句。
博覧にして通ぜざる無きも、章句を為さず。
広くあらゆる書物に目を通して読んでいないものは無いほどだったが、文章の中身を整理して解説することはしなかった。
学畢、乃牧豕。
学畢り、豕を牧す。
大学での勉強を終えた後、ブタを飼って暮らしていた。
当時は都・咸陽の城内にも、ブタ農家がたくさんあったようです。
曾誤遺火延及他舎。鴻乃尋訪焼者、問所失去、悉以豕償之。
かつて誤まりて火を他舎に延及せしむ。鴻、すなわち焼者を尋訪し、失去せるところを問いて悉く豕を以てこれを償う。
ある時、誤って火事を起こし、他のブタ農家にも延焼させてしまった。鴻は焼けたひとの家を訪問し、損失したものを訊いて、それを彼の飼いブタで賠償した。
其主猶以為少、鴻曰無他財、願以身居作。主人許之。
その主、なお以て少と為すに、鴻曰く、「他財無し、願わくば身を以て作に居らん」と。主人これを許す。
その主人はそれでもまだ足りないと言ったので、鴻は言った、「他に財産はございません。それではわたし自身があなたの作男としてお仕えすることにしましょう」と。主人はそうしてもらうことにした。
因為執勤、不懈朝夕。隣家耆老見鴻非恒人、乃共責譲主人、而称鴻長者。於是始敬異焉、悉還其豕、鴻不受而去、帰郷里。
因りて執勤を為して朝夕に懈らず。隣家の耆老、鴻の恒人の非ざるを見て、すなわち共に主人を責譲し、鴻長者と称す。ここにおいて始めて異を敬い、悉くその豕を還すも、鴻受けずして去りて郷里に帰れり。
そこで、マジメに朝も晩もさぼらずに勤めた。近所の長老たちは、鴻の取り組みぶりを見て「これは普通の人ではないぞ」と思い、みんなで主人に彼を厚遇するように迫り、彼のことを「鴻のだんな」と呼んだので、主人もそのすごさに気づいて、賠償にもらったブタを全部返した。だが鴻は「それはあなたの損害を埋め合わせたものだから」と受け取らず、都を去って郷里に帰って行った。
・・・さて、彼が帰郷しますと、
勢家慕其高節、多欲女之。鴻並絶不娶。
勢家その高節を慕い、多くこれを女せんと欲す。鴻並びに絶して娶らず。
勢力のある家では彼の筋道の通った高潔さを気に入って、娘を嫁にして欲しいという話がたくさん来た。鴻はすべて断って嫁をもらわなかった。
ところでそのころ、
同県孟氏有女。状肥醜而黒、力挙石臼。
同県の孟氏に女有り。状肥醜にして黒く、力は石臼を挙ぐ。
同じ平陵県に孟氏という家があって、そこに娘がいた。姿かたちはでぶでブスで色黒、しかも石臼を持ち上げるほどの怪力であった。
みなさん、石臼を一度持ち上げてみてください。この女がどれほどすごいかわかります。
この女、
択対不嫁、至年三十。父母問其故。
対を択びて嫁せず、年三十に至る。父母その故を問う。
結婚相手を選んでなかなか嫁にいかず、とうとう三十歳になってしまっていた。両親はどういうつもりか問うた。
すると、
女曰、欲得賢如梁伯鸞者。
女曰く、賢なること梁伯鸞の如き者を得んと欲す、と。
その女は言ったのだ、「あの梁伯鸞さまのような、賢者と結婚しようと思ってるのよ」と。
すると、
鴻聞而娉之。
鴻聞きてこれを娉せり。
鴻はこれを聞いて、その娘を嫁にもらったのである。
ついに結婚しました。如何なる生活が待ち受けているのか。
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「後漢書」巻八十三「逸民列伝」より。もうダメだ。がんばってここまで来ましたが、眠いので今日はここまで。他人の幸せな新婚生活は「ヒヒヒヒ」と笑って覗き見するのが大好きで、もしも不幸なら口笛でも吹いてご機嫌になるであろうみなさんだ、この先が気になりますでしょう。乞うご期待。