3月25日 睡眠時間が「朝型」になります

不識字漁父(字を識らざるの漁父)(「至正直記」)

ダメおやじだ。今回も、いいところに行くのに失敗。

今宵も、なんでこんなことになってしまうのか、の歌をうたおう。

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元のころ、「鸚鵡曲」という歌がありました。

儂家鸚鵡洲辺住、是箇不識字漁父。浪花中一葉扁舟、睡熟江南烟雨。

「儂」は江南方言の一人称、「家」は「人」を指す助辞。

覚来満眼青山、抖擻緑蓑帰去。算従前錯怨天公、甚也有安排我処、

「抖擻」(とうそう)は「ぶるぶる振るう」。

最後の方がよくわからなくなっています。(今日の言いたいことはここまで)

我壬寅留上京、有北京伶婦、御園秀之属、相従風雪中、恨此曲無続之者。

前後親炙士大夫、拘于韵度、如第一父字、便難下語。又、甚字必須去声字、我字必須上声字、音律始諧。不然不可歌、此一節又難下語也。

そうしてみると、最後の行は

甚也有安排我処、

ということになりましょうか。

「そんなところではないかなあ」

諸公挙酒索余和之、以汴、呉、上都、天京風景、試続之。

と。

眠っているうちに、開封や上都や北京のような大都市に連れて行ってくれればよかったのに、という歌なのだ、というわけだが、それならがっかりである。

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元・孔斉「至正直語」巻二より。長々と引いてしまいましたが、わたくしはまたパソコンの前で居眠りしてしまい、起きたら深夜。しかも同じ場所にいた。あちら側の岸(フロリダとか)に運んでおいてくれたらよかったものを。

はやく来いにゃ。いいところにゃぞ。

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