3月22日 ようし、そろそろ見切りつけるか

不応久恋(久恋すべからず)(「籜廊琑記」)

いつまでもしがみついているのは、やはりよくないですね。

あちらで「待ってるよ」と言ってくれる人もいるかも。

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清の嘉慶十八年(1813)、河南・固始の町でのこと。

城関箱有業酤者某、毎傾酒銭、輒有紙灰糝雑、心頗訝之。

そこで、ある日、

置水一盎、令行酤者擲銭水中。

是夕二更後、一急足擲銭、未没而紙灰上浮。

「二更」は、日が暮れて一刻経った初更が八時ごろ、もう一刻経った午後十時過ぎのことです。「急足」は我が国でいう「飛脚」。

「おまえさんかい」

某猝捕之、曰、爾操何妖術、幻紙作銭、累詐吾酒。今既相値、莫能釈也。

「申し訳ねえぜ」

飛脚はぺこぺこと謝罪した。

勿見執、実相告語。我非人、乃鬼胥耳。

此地不出三年、当有大難。冥吏輩群造档冊、故遣令酤以消清夜。

今蹤跡既為識破、不可再来。但爾亦不応久恋此土、徙遭鋒鏑以歴劫運。即語、以代償酒債矣。

「待て・・・」

言已而逝。

某明日遍告戚隣、咸謂清平世界何妄作鬼語、無肯信者。

さて、

未幾、牛亮臣等拠邑以反、雖旋就撲滅、而官兵賊匪屠戮靡遺。独某以鬼語遠徙、幸獲無恙。

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清・王守毅「籜廊琑記」巻五より。さりげなく、「官兵屠戮して遺す靡(な)し」とあるのが絶望感を醸し出してますね。いつまでもこんなところで恋々としていてはいけません。そのとおりじゃ。よーし、明日去ります。

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